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ポップ

バングラ・ポップ

Bangla Pop

バングラデシュ / 南アジア · 1990年〜

バングラデシュとインド西ベンガル州のベンガル語ポップ。Pritom Hasan、Tahsan Khanら。

まずはここから

ひとことで言うとバングラデシュとインド西ベンガル州のベンガル語ポップ。Pritom Hasan、Tahsan Khanら。

まずはこの曲からRuna LailaDama Dam Mast Qalandar ▶ YouTube

代表的な人Sabina Yasmin

どんな音か

バングラ・ポップは、ベンガル語で歌われるポップの総体で、主にバングラデシュ(ダッカ・チッタゴン)と西ベンガル(コルカタ)の両方から供給される。1970年代のカセット時代の Runa Laila、Sabina Yasmin、Kumar Bishwajit 世代を出発点に、1990年代の Souls / Feedback 系ポップロック、2000年代の Habib Wahid のエレクトロニック・ポップ、2010年代の Tahsan Rahman Khan のメロディック・バラード、2020年代のストリーミング世代(Pritom Hasan、Tabib Mahmud)まで、5世代にわたる継承がある。編成は世代ごとに大きく変わるが、共通するのはベンガル語詩の朗誦的な旋律感覚と、ラビンドラ・サンギート および ナズルル・ギティ から継承したメロディック・オーナメンテーション(微分音的な装飾)だ。テンポは 90-130 BPM、ヴォーカルは中〜高音の男性テナー、あるいは Runa Laila・Sabina Yasmin 系の中性的な女性ボイスが中心。歌詞は恋愛、故郷、1971年独立戦争の記憶を扱う。

聴きどころ

ベンガル語の子音・母音配列と旋律の音高の噛み合いを聴いてほしい。バングラ・ポップの旋律線は、ヒンディー・ポップやウルドゥー・ポップと違い、ラビンドラ・サンギート 系のフレーズ構造を色濃く残している。具体的には、1つの母音の上で音高が半音〜全音上下する「meend」(微分音的な滑り)が頻出する。これはヒンドゥスターニー古典音楽の遺産だ。Habib Wahid『Krishno』(2003)はこの点を意識的に電子的なパッドの中に埋め込んでおり、ベンガル民謡の旋律感覚とイギリスアシッド・ハウスのビートの折衷が試みられている。Tahsan Rahman Khan(既存)のバラードでは、彼の中音域のクリーンな声が、詩の呼吸に合わせて自由に伸縮する。2010年代後半以降の Pritom Hasan、Tabib Mahmud 世代では、TikTok と YouTube 向けの2-3分の短い楽曲が主流になっており、旋律よりビートとフックが強調される傾向がある。

初めて聴くなら

最初は Ayub Bachchu『Cholo Bodle Jai』(1988)、バングラ・ポップの1980年代型の完成形。次に Runa Laila『Dama Dam Mast Qalandar』(1978)、パキスタンバングラデシュ両国を跨いだ女性ポップの原型。2000年代を聴くなら Habib Wahid『Krishno』(2003)、電子的な質感を初めて導入した曲。2010年代以降なら Tahsan Rahman Khan(既存)のバラード群と Pritom Hasan『Sweetheart』(2024)。夜のドライブや軽い集まりで流すのが向いている。

代表アーティスト

  • Sabina Yasminバングラデシュ · 1963年〜
  • Runa Lailaバングラデシュ · 1965年〜
  • Kumar Bishwajitバングラデシュ · 1975年〜
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  • Milesバングラデシュ · 1979年〜
  • Momtaz Begumバングラデシュ · 1993年〜
  • Tahsan Khanバングラデシュ · 2002年〜
  • Habib Wahidバングラデシュ · 2003年〜
  • Pritom Hasanバングラデシュ · 2013年〜
  • Tabib Mahmudバングラデシュ · 2015年〜

代表曲

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生まれた背景

起点は1960年代末〜70年代のカセット時代で、Runa Laila(1952-)、Sabina Yasmin(1954-)、Kumar Bishwajit(1961-)らが、当初はパキスタン映画音楽(西パキスタン)の枠組みで活動、1971年独立後にダッカを拠点とする独立系ポップ・シーンを立ち上げた。決定的な瞬間は1988年前後、Ayub Bachchu が Souls 時代に発表した『Cholo Bodle Jai』(変えていこう)がカセットで100万本を超えるヒットとなり、これがバングラ・ポップの1980年代型を確立した。

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1990年代には Miles、LRB といったバンド系がポップ・ロックとの境界を曖昧にし、Kumar Bishwajit、Shafin Ahmed(Miles)、Bappa Mazumder らが並走した。2003年、Habib Wahid(1979-、シレット生・ロンドン留学)が『Krishno』を発表、ロンドンで学んだエレクトロニック・プロダクション(アシッド・ハウス、シンセ・パッド)をベンガル音楽に持ち込み、バングラ・ポップに電子的な質感を導入した。同時期、父の Ferdous Wahid や女性歌手 Kaya との共作アルバムで新世代のスタジオ・サウンドを確立した。2000年代半ばには Tahsan Rahman Khan(既存 slug: tahsan-khan)が Black というバンドから離れてソロに転じ、メロディック・バラードで2010年代のバングラ・ポップの標準を作った。

その後の代表曲

日本との関係

バングラ・ポップ日本の直接の交流は限定的だが、間接的な接続がいくつかある。Runa Laila は1970-80年代に東京の在日パキスタン人/バングラデシュ人コミュニティで小規模なコンサートを行った記録がある。近年は東京・上野公園で毎年開催される バングラデシュ Boishakhi Mela(ベンガル暦新年祭)で、バングラ・ポップ楽曲が国営放送 NHK ラジオでも紹介されている。2020年代の Coke Studio Bangla(2022開始)の楽曲は YouTube 経由で日本の南アジア音楽好きに届き始めており、特に Coke Studio Bangla Season 2(2023)の『Deora』などが日本の TikTok で小規模ながらバズった記録がある。日本の音楽ジャーナリズムでバングラ・ポップが本格的に紹介される機会はまだ少なく、YouTube 経由の個別発見が主要なアクセス経路だ。

豆知識

バングラ・ポップの著作権環境はやや特殊で、ラビンドラ・サンギートバングラデシュで公有領域にあるため、ポップ・アーティストがタゴール詩を自由に引用できる。これは Habib Wahid、Chirkutt、そして Coke Studio Bangla の楽曲で頻繁に活用されている。

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Runa Laila は1970年代のパキスタン映画『Naach Meri Bulbul』でウルドゥー語楽曲を歌ったが、独立後にダッカへ拠点を移した後もパキスタンでの人気を保ち続け、1990年代にはパキスタン国立芸術評議会から特別功労賞を受けた。Coke Studio Bangla(2022年10月開始、Season 1)は コークスタジオ・パキスタン の姉妹番組で、Ibrahim Ahmed Kamal(Warfaze)が音楽ディレクターを務めた。Season 1 の『Nasek Nasek』(Animes Roy、Meghdol)は SoundCloud で世界的に発見され、バングラ音楽の新しい輸出路線を作った。

影響・派生で結ばれたジャンル

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バングラ・ポップを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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