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伝統・民族

アナトリア民俗音楽(テュルキュ)

Anatolian Folk (Türkü)

トルコ / 中東 · 1500年〜

別名: Türkü / Halk müziği

現代トルコ各地の地方民俗歌の総称で、バーラマ(サズ)を中心に、結婚式・葬儀・農作業の機能歌を含む広汎な領域。

まずはここから

ひとことで言うと現代トルコ各地の地方民俗歌の総称で、バーラマ(サズ)を中心に、結婚式・葬儀・農作業の機能歌を含む広汎な領域。

まずはこの曲からAşık VeyselUzun Ince Bir Yoldayim ▶ YouTube

代表的な人Aşık Veysel

どんな音か

アナトリア民俗音楽(アナトリア民俗音楽(テュルキュ)、halk müziği、トルコ語で「民衆音楽」の意)は、トルコの広大なアナトリア高原の各村落で口伝により継承されてきた民俗歌謡の総体だ。核心楽器はバーラマ(サズ、7弦の長棹リュート)で、各地方に異なるサイズと調弦がある。他にダーヴル(大太鼓)+ズルナ(ダブルリード)、ケマンチェ(擦弦)、シピシ(縦笛)、ダブル・シピシ(2本のパイプ)、そして無伴奏の独唱と集団合唱で構成される。地方ごとに「ウズン・ハヴァ(自由律)」と「クルク・ハヴァ(定型律)」、「ハライ(輪舞曲)」、「ボズラク(高地遊牧歌)」など多彩な様式を持つ。中央アナトリアはウズン・ハヴァ主体、東部はボズラク、南東部はクルド系との融合、黒海沿岸は独自のホロン(輪舞)、地中海沿岸のイズミルはギリシャとの共通要素を含む、極めて多様な音楽地域だ。

聴きどころ

Aşık Veysel『Uzun İnce Bir Yoldayım』(1965、既にDB収録)は、盲目の詩人がサズを弾きながら人生を長い細道に例えた、アナトリア民謡の声のドラマの原型だ。彼の声は装飾を最小限に抑え、朗誦に近いストレートな発声で、これがアシック伝統の骨格だと分かる。Neşet Ertaş『Ah Neyleyim Neyleyim』(1978)は、中央アナトリアのボズラク様式で、彼のサズの跳ねる弦弾きが背後で持続低音を保ちながら、歌の高音が浮遊する二重構造。Ruhi Su『Halimi Bilir Misin』(1974)はオペラ発声で民謡を歌う実験的アプローチで、彼の投獄経験と社会主義的抗議精神が声の骨格に残っている。Aynur Doğan『Keçe Kurdan』(2004)はクルド語(クルマンジー方言)での歌唱で、これがトルコ国内で一時発禁処分を受けた事実そのものが、アナトリア民謡の多言語性・多民族性を物語る。

初めて聴くなら

既にDBに収録されているAşık Veysel『Uzun İnce Bir Yoldayım』(1965)、Neşet Ertaş『Gönül Dağı』(1976)が基本の二点。加えてNeşet Ertaş『Ah Neyleyim Neyleyim』(1978)、Ruhi Su『Halimi Bilir Misin』(1974)、Aynur Doğan『Keçe Kurdan』(2004)を聴くと、20世紀を通じたアナトリア民謡の多層性が体感できる。1970年代のTRT民俗音楽部局編集のコンピレーション(Kalan Musicが2000年代以降リイシュー)は、地方色の残る演奏の宝庫だ。深夜、一人で聴くのが向いている。

代表アーティスト

  • Aşık Veyselトルコ · 1933年〜1973
  • Ruhi Suトルコ · 1942年〜1985
  • Neşet Ertaşトルコ · 1957年〜2012
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  • Aynur Doğanトルコ · 2002年〜

代表曲

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生まれた背景

オスマン帝国の宮廷古典(トルコ古典音楽)とは別の系統として、地方アシック(âşık、直訳「恋する者」、吟遊詩人)とアナトリア・アレヴィー派宗教伝統が母体となった。共和国期(1923-)にはアタテュルク政権が「民俗音楽」として制度化し、1937年にアンカラ・ラジオの民俗音楽部局が全国のレパートリー収集を開始、1953年にAnkara Radyosu Yurttan Sesler Korosu(祖国の声合唱団)が組織された。

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この国家プロジェクトは伝統を保存しつつ、同時に地方色を「標準トルコ語化」してしまう副作用を持った。20世紀の代表的アシックはAşık Veysel(1894-1973、盲目のサズ奏者)、Neşet Ertaş(1938-2012、「Bozkırın Tezenesi(草原の撥)」と呼ばれた中央アナトリアの巨匠)、Muhlis Akarsu(1948-1993、アレヴィー派)、Ruhi Su(1912-1985、オペラ発声で歌う実験的路線)らで、Aynur Doğan(1975年生、クルド系)は21世紀の代表的な女性シンガーだ。

音楽的特徴の詳細

楽器バーラマ、ダウル、ズルナ、ケマンチェ、声

リズムウズン・ハヴァとクルク・ハヴァ、9/8と7/8、輪舞ハライ

発展

20世紀後半にネシェト・エルタシュ、アシュク・マフズーニ・シェリフ、アシュク・ヴェイセル、ベルキス・アクカレ、エディプ・アクバイラムらが世代を更新した。1980年代以降のアナドル・ロックやカスト・ロックを介して若者層にも継承され、現代のジャズや実験音楽との融合も進む。

出来事

  • 1923: トルコ共和国成立
  • 1937: ラジオ・アンカラの民俗音楽部局設立
  • 1979: アシュク・マフズーニ・シェリフ全盛期
  • 2010: ジェム儀礼ユネスコ候補リスト

派生・影響

アシュク詩、アレヴィー儀礼ジェム、アナドル・ロック、現代トルコ・ジャズと交差。

その後の代表曲

日本との関係

日本のワールド・ミュージック好きの間で、アナトリア民謡は1990年代から少数ながら継続的に聴かれてきた。1990年代のP-Vine Records、Nonesuch Explorer Seriesの一部リリースがこの伝統への窓口だった。Aşık Veyselは日本の一部の詩人・音楽家(松岡正剛、細野晴臣ら)が言及した記録があり、彼の朗誦的な弾き語りが日本の琵琶法師や三味線弾き語りとの構造的相似で受容された経緯がある。Aynur Doğanは2005年映画『Crossing the Bridge』(Fatih Akın監督)が日本公開されたことで、日本のクルド音楽好きに認知された。ネオ・アナドル・リバイバル世代(Altın Gün、Gaye Su Akyol)の2010年代以降の日本での認知が、遡ってオリジナル世代のアナトリア民謡への関心を引き上げている。

豆知識

アシック(âşık)伝統は、中央アジアのテュルク系遊牧民の吟遊詩人(baxşi、ashug)と直接的な系譜関係にあり、アゼルバイジャンのaşıq、アルメニアのaşughと同源だ。宗教的にはスンニー・イスラーム、アレヴィー派、時にキリスト教のアルメニア系まで含む多宗教伝統で、名前だけで「トルコ的」ではない多層性を持つ。

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Neşet Ertaşの父Muharrem Ertaşもアシック詩人で、家系全体が中央アナトリアのキルシェヒル地方の遊牧民アブダル(Abdal、宗教的マイノリティ・グループ)出身だった。Aşık Veyselは1894年 スィヴァス生、7歳で天然痘により失明、以降86歳での死去まで70年以上をサズと共に生きた。1965年、トルコ議会は彼に生涯年金を認めた。アレヴィー派儀礼ジェム(cem)で歌われるdeyişは、通常のアナトリア民謡とは別の宗教儀礼歌のカテゴリだが、Muhlis Akarsu、Arif Sağ、Sabahat Akkiraz といったアシックがこの伝統を継承している。1993年7月2日のスィヴァスの虐殺事件(アレヴィー派知識人ら37人がスンニー・イスラーム主義者の放火で焼死)ではMuhlis Akarsuも犠牲者となり、この事件はアナトリア民謡文化の政治的脆弱性を象徴した悲劇として今も語り継がれる。

影響・派生で結ばれたジャンル

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アナトリア民俗音楽(テュルキュ)を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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