伝統・民族

クルド民俗音楽(デンゲベジ)

Kurdish Folk Music

トルコ/イラク/イラン/シリア / 中東 · 1500年〜

別名: Dengbêj

国家を持たないクルド民族(イラン・イラク・トルコ・シリア)の民俗音楽群で、特に無伴奏吟遊歌デンゲベジが象徴的存在。

どんな音か

クルド民俗音楽の中核をなすデンゲベジは、楽器を使わない無伴奏の独唱で成立する。歌い手は高い倍音を含む声を細く伸ばし、感情の頂点でひときわ声を張り上げる。旋律はアラブ音楽に共通するマカームに近い音階を使いながら、独自の音の折り返し方を持つ。ダン(弦楽器)や蜂の巣型のドラム・ドゥメベクが加わる演奏スタイルもあり、その場合は旋律楽器が歌い手の息つぎに合わせて動く。テンポは物語の内容に従って自在に変わり、一節の中に緩急が同居する。声そのものが唯一の楽器である無伴奏スタイルは、山岳地帯の集会や結婚式の場で長距離にわたって声を届けるために発達したと考えられている。

生まれた背景

クルド人はトルコ・イラク・イラン・シリアにまたがる山岳地帯に暮らしてきた。20世紀を通じて各国政府による文化弾圧が繰り返され、特にトルコでは1991年まで放送・録音でのクルド語使用が禁止されていた。そのような状況の中でデンゲベジは文字記録なしに口から口へ伝えられ、民族のアイデンティティを保持する実践として機能してきた。1970年代にはŞivan Perwer(シヴァン・ペルウェル)がスウェーデンに亡命しながら国際的なレコードリリースを行い、亡命コミュニティを通じてクルド音楽を世界に届けた。

聴きどころ

デンゲベジを聴くときはまず歌い手の息の使い方に集中するとよい。長い一節を一息で歌い切る瞬間と、息を吸う際に現れる短い沈黙が、旋律に物語的な区切りをつける。Şivan Perwer の「Kine Em」(1979)では、歌い始めてしばらくは旋律がゆっくり展開し、感情が高まる箇所で音域が一段上がる。その上昇の瞬間を耳で待ち受けると、テンションの高まりが体感できる。

発展

1980年代以降、シヴァン・ペルウェル、シェフムス・サキク、アイシェ・シャンらが亡命先(欧州・アルメニア)から録音活動を行った。トルコでは2009年のクルド語放送解禁後、メイレム・タンガズ、サドク・パドル・パーシャらが本格的に国内活動を再開した。

出来事

  • 1923: トルコ共和国成立とクルド語抑圧
  • 1988: アンファル作戦
  • 1991: トルコでクルド語限定解禁
  • 2009: TRT-6クルド語チャンネル開局

派生・影響

アナトリア民俗、アルメニア民俗、ペルシア古典、現代クルド・ヒップホップと交差。

音楽的特徴

楽器声(無伴奏多)、サズ、ダウル、ズルナ

リズム自由律デンゲベジ、ハライ輪舞、長大叙事

代表アーティスト

  • Şivan Perwerクルディスタン/ドイツ · 1972年〜
  • Shahram Nazeriイラン · 1975年〜

代表曲

日本との関係

クルド音楽が日本で話題になる機会は限られているが、2000年代以降、埼玉県川口市・蕨市周辺に形成されたクルド人コミュニティを通じて、ごく限られた範囲で音楽が持ち込まれている。民族音楽研究の文脈では中東音楽の一項目として扱われることがある程度で、ライブ公演の機会はほとんどない。

初めて聴くなら

Şivan Perwer「Kine Em」(1979)から始めるのが最も直接的。亡命先のヨーロッパで録音されたカセット品質の音源だが、その抑圧されたような直接感が楽曲の背景を物語る。Shahram Nazeri はイラン系クルドの歌い手で、ペルシャ古典音楽の様式と融合した演奏スタイルを持つ。こちらは楽器伴奏ありで、より接しやすい入口になる。

豆知識

「デンゲベジ」という言葉はクルド語で「声の持ち主」を意味する。歌い手は一種の吟遊詩人として歴史上の出来事や英雄を語り継ぐ役割を担い、楽器の代わりに声で演奏することで、山間地での移動中にも実践できる形態を保ってきた。Şivan Perwer はトルコ政府から指名手配を受けながらも亡命先のドイツ・スウェーデンで録音を続け、カセットテープが秘密裏に国境を越えて流通した。

影響・派生で結ばれたジャンル

クルド民俗音楽(デンゲベジ)を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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