クルド民俗音楽(デンゲベジ)
国家を持たないクルド民族(イラン・イラク・トルコ・シリア)の民俗音楽群で、特に無伴奏吟遊歌デンゲベジが象徴的存在。
どんな音か
クルド民俗音楽の中核をなすデンゲベジは、楽器を使わない無伴奏の独唱で成立する。歌い手は高い倍音を含む声を細く伸ばし、感情の頂点でひときわ声を張り上げる。旋律はアラブ音楽に共通するマカームに近い音階を使いながら、独自の音の折り返し方を持つ。ダン(弦楽器)や蜂の巣型のドラム・ドゥメベクが加わる演奏スタイルもあり、その場合は旋律楽器が歌い手の息つぎに合わせて動く。テンポは物語の内容に従って自在に変わり、一節の中に緩急が同居する。声そのものが唯一の楽器である無伴奏スタイルは、山岳地帯の集会や結婚式の場で長距離にわたって声を届けるために発達したと考えられている。
生まれた背景
聴きどころ
デンゲベジを聴くときはまず歌い手の息の使い方に集中するとよい。長い一節を一息で歌い切る瞬間と、息を吸う際に現れる短い沈黙が、旋律に物語的な区切りをつける。Şivan Perwer の「Kine Em」(1979)では、歌い始めてしばらくは旋律がゆっくり展開し、感情が高まる箇所で音域が一段上がる。その上昇の瞬間を耳で待ち受けると、テンションの高まりが体感できる。
発展
1980年代以降、シヴァン・ペルウェル、シェフムス・サキク、アイシェ・シャンらが亡命先(欧州・アルメニア)から録音活動を行った。トルコでは2009年のクルド語放送解禁後、メイレム・タンガズ、サドク・パドル・パーシャらが本格的に国内活動を再開した。
出来事
- 1923: トルコ共和国成立とクルド語抑圧
- 1988: アンファル作戦
- 1991: トルコでクルド語限定解禁
- 2009: TRT-6クルド語チャンネル開局
派生・影響
アナトリア民俗、アルメニア民俗、ペルシア古典、現代クルド・ヒップホップと交差。
音楽的特徴
楽器声(無伴奏多)、サズ、ダウル、ズルナ
リズム自由律デンゲベジ、ハライ輪舞、長大叙事
代表アーティスト
- Şivan Perwer
- Shahram Nazeri
代表曲
Kine Em — Şivan Perwer (1979)
日本との関係
クルド音楽が日本で話題になる機会は限られているが、2000年代以降、埼玉県川口市・蕨市周辺に形成されたクルド人コミュニティを通じて、ごく限られた範囲で音楽が持ち込まれている。民族音楽研究の文脈では中東音楽の一項目として扱われることがある程度で、ライブ公演の機会はほとんどない。
初めて聴くなら
Şivan Perwer「Kine Em」(1979)から始めるのが最も直接的。亡命先のヨーロッパで録音されたカセット品質の音源だが、その抑圧されたような直接感が楽曲の背景を物語る。Shahram Nazeri はイラン系クルドの歌い手で、ペルシャ古典音楽の様式と融合した演奏スタイルを持つ。こちらは楽器伴奏ありで、より接しやすい入口になる。
