WorldMusic

古典

トルコ古典音楽

Turkish Classical

トルコ / 中東 · 1500年〜

オスマン宮廷以来の伝統を持つ、マカームを基盤とするトルコの古典音楽。

まずはここから

ひとことで言うとオスマン宮廷以来の伝統を持つ、マカームを基盤とするトルコの古典音楽。

まずはこの曲からSuzinak Saz Semaisi ▶ YouTube

代表的な人Tanburî Cemil Bey

どんな音か

トルコ古典音楽(Türk sanat müziği、直訳「トルコの芸術音楽」)は、オスマン宮廷で16世紀以降体系化された、マカーム(旋法)体系に基づく都市の芸術音楽だ。マカームは西欧の長調・短調ではなく、微分音を含む80以上の旋法体系で、Rast、Hicaz、Uşşak、Segah、Nihaventといった各マカームがそれぞれ固有の音階、装飾ルール、感情色彩を持つ。編成はネイ(縦笛)、ウード(短棹リュート)、カーヌン(琴)、タンブール(長棹リュート)、ケマンチェ(擦弦)、クドゥム(小型ケトル・ドラム)、そして独唱者による「ファスィル(fasıl)」アンサンブルが基本形。20世紀に西洋ヴァイオリンとチェロが加わり、現代版のfasıl音楽になった。歌唱はgazel(自由律の即興前奏)から定型律の声楽本体へと進み、装飾は微細で、gargara(一音上のトリル)、çarpma(前打音)、tremolo、hançereといった技法が体系化されている。

聴きどころ

Zeki Müren『Şimdi Uzaklardasın』(1971)を聴くと、彼の高音の張り方と装飾の入れ方がクラシックのオペラともアラベスクとも違う、独自の「トルコ古典的な粋(zarafet)」を持つのが分かる。彼の発声は西洋オペラの胸声とは異なり、頭声を細く保ちつつgargaraの微細な揺らぎを効かせる。Bülent Ersoy『Maçka'nın Yolları』(1990)はより現代のアレンジで、シンセ・ストリングスが加わるが、彼女の歌唱の芯にはトルコ古典の型が残る。Tanburî Cemil Bey(1873-1916、既にDB収録)のタンブール独奏は、この伝統の器楽的な頂点で、彼の即興演奏の1900年代初頭の蝋管録音(SPで復刻)は、現代のトルコ古典演奏家が今も参照する規範となっている。

初めて聴くなら

既にDBに収録されているZeki Müren『Manastır アナトリア民俗音楽(テュルキュ)sü』(1955)、Tanburî Cemil Bey『Çeçen Kızı』(1910)、Münir Nurettin Selçuk『Endülüs'te Raks』(1955)が三点の基本。加えてZeki Müren『Şimdi Uzaklardasın』(1971)、Bülent Ersoy『Maçka'nın Yolları』(1990)、Muazzez Ersoy『Sensiz Olmuyor』(1998)を聴くと、20世紀のサナット音楽のポップ化の過程が体感できる。深夜、部屋を暗くしてスピーカーで聴くのが向いている。マカームの微分音は、iPhoneのイヤホンより、少し大きめのスピーカーの方が体で分かる。

代表アーティスト

  • Tanburî Cemil Beyトルコ · 1899年〜1916
  • Münir Nurettin Selçukトルコ · 1923年〜1981
  • Zeki Mürenトルコ · 1951年〜1996
もっと見る(あと3件)
  • Ahmet Özhanトルコ · 1968年〜
  • Bülent Ersoyトルコ · 1971年〜
  • Muazzez Ersoyトルコ · 1985年〜

代表曲

もっと見る(あと6件)

生まれた背景

起源は16世紀オスマン宮廷で、Sultan Selim III(1789-1807)自身が優れた作曲家(Suzidilara maqamの創始者と伝わる)だったことなど、宮廷主導で発展した歴史がある。19世紀後半には作曲家Dede Efendi(1778-1846)、Zekai Dede、Muallim İsmail Hakkı Bey(1866-1927)らが古典レパートリーを整備した。

続きを読む

1923年トルコ共和国成立後、Kemalist体制は「東洋的で近代化を妨げる」としてこの音楽を国家的に軽視、1934年11月-1936年9月にはラジオでの放送も一時禁止された。この時期にサキ・ドスト(1885-1943)らの作曲家/演奏家世代が地下的に伝統を保った。20世紀後半、Munir Nurettin Selçuk(1900-1981)、Zeki Müren(1931-1996)、Bülent Ersoy(1952-)、Muazzez Ersoy(1958-)が、トルコ古典を「サナット音楽(Turk Sanat Müziği)」としてポップ市場と共存する形で継承した。

日本との関係

日本ではトルコ古典音楽は極めてマイナーだが、興味深い接点がある。1990年代以降、東京芸術大学と京都大学の一部の音楽学研究者がトルコ・マカーム体系を研究、東京・大久保のトルコ文化センターで年数回の小規模コンサートが開かれてきた。日本のネイ愛好家は少数だが、坂田学(パーカッション)らを介して現代の実験音楽シーンとの接続もある。1954年のZeki Müren来日公演の可能性については記録が確認できないが、彼の楽曲は在日トルコ人コミュニティのなかで継承され、東京モスクの結婚式などで日常的に流れる。

豆知識

Zeki Müren(1931-1996)は、後年のBülent Ersoyがトランス女性としてカミングアウトするより前から、女性的な衣装とメイクで公演を続けた「性別を越えた」文化的アイコンだった。彼は生涯を通じて自身のセクシュアリティを公言しなかったが、ステージ衣装、メイク、そして楽屋の家具に至るまでの徹底したエレガンスは、20世紀トルコ文化における「gay icon」の原型として今も研究される。

続きを読む

1996年、彼はTV番組収録中に生放送で心臓発作を起こし、その場で死去(65歳)、事実上「トルコ最大の生放送死」として国民的記憶に刻まれている。Bülent Ersoyは1981年ロンドンで性別適合手術を受け、1988年オザル政権が民法を改正して法的女性となる道を開くまで、トルコ本国での公演を禁じられた。この期間の彼女は主にドイツと西欧のトルコ系ディアスポラ・コミュニティで活動を続けた。Muazzez Ersoyは名前が同じだけでBülent Ersoyとは血縁関係なく、この姓の一致は偶然だが、両者ともサナット音楽を90年代のポップ市場と接続した功労者として並び称される。

影響・派生で結ばれたジャンル

系譜図を見る
トルコ古典音楽を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

トルコ古典音楽 の系譜全体図(多段)を見る

感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル

トルコ古典音楽が好きな人は、この6つも刺さる可能性が高いです。系譜図には出てこない、意外な隣人たち。

関連ジャンルを探す