スラックキー・ギター
ハワイ独自のオープンチューニング・フィンガーピッキング・ギター。
どんな音か
スラックキーの音は、弦を緩めた(スラックにした)チューニングから来る。標準チューニングよりも低い弦の張力が、押さえた指から離れる瞬間のウィーンという柔らかい余韻を生む。右手の親指がベースを刻みながら、残りの指がメロディを拾う——クラシックギターのフィンガーピッキングと外形は似ているが、音の重心と揺れ方が違う。ガビー・パヒヌイの弾き方はメロディが鼻歌のように出てくる感じで、考えて弾いているのではなく思い出しながら弾いているような質感がある。テンポは急がない。
生まれた背景
ハワイにギターが伝わったのは19世紀初頭、スペイン系のカウボーイ(バケロ)が連れてきたとされる。彼らが去った後もギターだけが残り、ハワイのミュージシャンが弦を緩めて独自の開放弦チューニングを作り上げた。「スラックキー」は「緩めた鍵(キー)」、つまり緩めたチューニングを意味するハワイ語の「キホアル」の英語意訳だ。ガビー・パヒヌイは1946年以降、長らく家族や仲間内だけで弾かれていたスラックキーを録音し、ハワイ・ルネサンスと呼ばれる1970年代のハワイ文化復興運動の中で発見・再評価された。各チューニングは家族ごとの秘伝として伝えられてきた面もある。
聴きどころ
「Hiʻilawe — Gabby Pahinui (1972)」では、ベースが刻まれる低音と、そこから浮かび上がるメロディの距離に注目する。弦が開放されるたびに鳴る余韻が全体に霞のようにかかっている。「Kaleohano — Ledward Kaapana (2005)」はより現代的な録音で音質が良く、右手の指が弦を弾く微細な音まで聴き取れる。
発展
20世紀にレナード・コザックル・ガビー・パヒヌイ(1921–1980)・サニー・チリングワース・レドワード・カアパナらマスターが録音化を進め、1960〜70年代のハワイアン・ルネサンスで国際的に注目された。1990年代以降は伝統的非公開の慣習が緩み、ワークショップで世界中に広まった。
出来事
- 1832年: メキシコ・パニオロのギター持ち込み。
- 1947年: ガビー・パヒヌイ初録音。
- 1972年: ガビー&サンズ『ガビー・パヒヌイ・ハワイアン・バンド』。
- 2005年: ジャック・ジョンソンらによる国際的紹介。
- 2015年: グラミー賞ベスト・ハワイアン・アルバム部門復活。
派生・影響
現代アコースティック・ギター演奏(クラシカル・カントリー)・カウアイ・コーストの「ヘイル・スラックキー」コミュニティ・ジャム伝統を生み、世界のフィンガースタイル・ギターに影響を与えた。
音楽的特徴
楽器アコースティック・ギター(オープンチューニング)、声
リズム親指ベース・他指旋律のフィンガーピッキング、Cタロパッチ・タロパッチ・キホ・アル等のチューニング
代表アーティスト
- Gabby Pahinui
- Sonny Chillingworth
- Ledward Kaapana
- Israel Kamakawiwoʻole
代表曲
Hiʻilawe — Gabby Pahinui (1972)
Kaleohano — Ledward Kaapana (2005)
日本との関係
スラックキー・ギターはハワイアン音楽の一部として1930〜40年代から日本に届いていたが、スティールギターのイメージが強く、スラックキーの独自性が認識されることは少なかった。イズラエル・カマカウィウォオレの「Somewhere Over the Rainbow」(1993年)がCMやドラマで使われてハワイ音楽への関心が高まり、スラックキーにも光が当たった。
初めて聴くなら
「Hiʻilawe — Gabby Pahinui (1972)」は録音状態が古いが、スラックキーの核心——チューニングが作り出す音の重力——を最もよく感じられる。夜、ヘッドフォンで聴くと弦の残響が際立つ。
豆知識
スラックキーのチューニングは「タロ・パッチ」「マウイ・ローゼタ」「G・タンガ」など数十種類が確認されており、各チューニングが別の旋法的な世界を持つ。チューニングを公開することを嫌う奏者もいて、独自チューニングを「家宝」として管理する習慣が今もある。2005年にスラックキーを題材にしたドキュメンタリー「Kika Kila Meets Ki Ho'alu」がグラミー賞最優秀ハワイアン・ミュージック・アルバムを受賞した。
