伝統・民族

シンド民謡

Sindhi Folk Music

シンド州 / パキスタン / 南アジア · 1600年〜

パキスタン・シンド州の砂漠と河川地帯の民謡。

どんな音か

歌声が前面に出て、弦楽器がその下で長く引き伸ばされた音を鳴らし続けるスタイルが多い。使われる弦楽器はエクタラ(一弦の竿状の楽器)やサランギに近い擦弦楽器で、音は素朴でざらついている。リズムは打楽器のタブラやダフが担うが、拍の輪郭がはっきりしたダンス向けの曲から、ほとんどフリーテンポで朗唱に近い曲まで幅がある。歌詞はシンド語で書かれており、スーフィー詩人シャー・アブドゥル・ラティフ・バッタイの詩を題材にした曲が特に多い。録音は素朴なことが多く、残響の少ないライブ感がある。

生まれた背景

シンド州はインダス川下流域に広がる地域で、砂漠と農耕地が混在する。歴史的にはヒンドゥー教、イスラム教、スーフィズムが混在してきた土地で、民謡にはその複合した信仰観が色濃く出ている。18世紀のスーフィー詩人シャー・アブドゥル・ラティフ・バッタイが書いた詩集『シャー・ジョ・リサロ』は、今もこの地域の民謡の詩的基盤となっており、その詩を歌い継ぐことが単なる娯楽でなく、精神的な実践として位置づけられてきた。1947年のインド・パキスタン分離独立でシンド地方の人口構成が大きく変わったが、音楽の伝統は歌い手たちによって引き継がれた。

聴きどころ

サイン・ザフールの歌声を聴くと、音が単に上下するだけでなく、一音の内側でこまかく震えたり、息とともに崩れていくのが分かる。これはスーフィー音楽の伝統と結びついた歌唱法で、感情の昂りを音の揺らぎとして表現している。伴奏楽器が単調に同じ音を繰り返すほど、その上に乗る声の変化が際立つ仕組みになっている。拍を数えるより、声が波のように膨らんで引いていくタイミングを体で追うと聴きやすい。

発展

20世紀にはアッラン・ファキール・マーイー・バフトワル・サチャル・サラマトらが民謡をレコード化し、パキスタン国営放送が継承を支援した。コーク・スタジオでも頻繁に取り上げられ、近年は若手アーティストが現代化を進めている。

出来事

  • 1689年: シャー・アブドゥル・ラティーフ・ブッタイ誕生。
  • 1752年: 『シャー・ジョー・リサーロー』成立。
  • 1965年: アッラン・ファキール録音活動開始。
  • 2008年: コーク・スタジオでシンド民謡フュージョン。
  • 2013年: シャー・ラティーフ廟世界遺産候補化。

派生・影響

カーフィー・カッワーリーと連続するスーフィー音楽圏を構成し、現代パキスタン・フォーク・ポップに影響を与えた。

音楽的特徴

楽器ヤクタロー、ナルサル、ボーロ、スルマンダル、ハルモニウム、声

リズムシンド独自の拍、長母音の引き伸ばし、スーフィー詩の繰り返し

代表アーティスト

  • サイン・ザフールパキスタン · 1989年〜

代表曲

日本との関係

シンド民謡日本で広く知られることはほぼなく、専門的な民族音楽の文脈以外では接する機会が少ない。パキスタン音楽全般の認知度が低いこともあり、南アジア音楽としてはインド古典音楽やボリウッドのほうがはるかに流通している。ただし世界音楽(ワールドミュージック)のファンのあいだでは、サイン・ザフールがCDリリースや欧州フェスへの出演を通じて知られており、日本のワールドミュージック専門店でも取り扱われることがある。

初めて聴くなら

サイン・ザフールの「Sur Sahar Yaar」(2006年)から入るのがわかりやすい。声と素朴な弦の絡みが、このジャンルの核心をそのまま示している。静かに、できればヘッドフォンで聴くと、声の揺らぎの細部が聞こえやすい。

豆知識

シャー・アブドゥル・ラティフ・バッタイの詩は、ヒンドゥー神話の登場人物(ラーマ、シーター)をスーフィーの比喩として使っており、イスラム教の詩でありながらヒンドゥー的イメージが混在している。これはイスラム教化以前のシンド地方の文化的層が、詩の言語に残り続けていることを示している。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1600年代1700年代シンド民謡シンド民謡カーフィーカーフィー凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
シンド民謡を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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