オペラ・セリア
18世紀イタリアを中心に流行した、神話・古代史を題材とする3幕構成の正歌劇。
どんな音か
イタリア語で書かれた、神話や古代史の英雄を主人公にした「真面目なオペラ」。3〜5時間の長尺。歌の中心はダ・カーポ・アリア(A-B-Aの三部形式で、Aの繰り返しに歌手が即興装飾を加える)。レチタティーヴォ(語りに近い歌)で物語を進め、アリアで登場人物が立ち止まって感情を吐く構造。編成はチェンバロ通奏低音と弦楽中心、後期になると管楽器も加わる。最大の特徴は「カストラート」(去勢された男性高音歌手)が主役の英雄役を歌うこと。
生まれた背景
1690〜1700年頃のローマで、詩人ピエトロ・メタスタージオが台本の標準形式を整え、ヘンデル、ハッセ、ヴィヴァルディらが楽曲を量産した。当時のオペラハウスはヨーロッパ宮廷の社交場で、貴族のパトロンが歌手を抱え、客は気に入ったアリアの繰り返しを大声で要求する文化があった。1750年代以降、グルックがオペラ改革(レチタティーヴォの簡素化、序曲と本編の連結)を提唱し、モーツァルトの『皇帝ティートの慈悲』(1791)を最後に主流から退いた。
聴きどころ
ダ・カーポ・アリアのA・B・A'構造。とくに「A'」(2回目のA)で、歌手が原譜にない装飾(トリル、走句、跳躍)を即興で加えるところが見せ場。レチタティーヴォは弦と通奏低音のみの薄い伴奏で、アリアに入ると一気に音が分厚くなる落差。カストラートのパートは現代では女声メゾソプラノかカウンターテナーが代役する。
発展
A.スカルラッティ世代から始まり、ヘンデル(ロンドン時代)、ハッセ、ヴィンチ、ペルゴレージ、グラウンなどイタリア人・ドイツ人作曲家が国際的様式を作った。グルックは「アルチェステ」序文(1769)で「アリアの過剰技巧」を批判して改革オペラを唱え、形式は18世紀末に終焉に向かった。モーツァルト「皇帝ティートの慈悲」(1791)が伝統の最終形。
出来事
- 1724: ヘンデル「ジューリオ・チェーザレ」初演
- 1730: メタスタージオ、ウィーン宮廷桂冠詩人就任
- 1762: グルック「オルフェオとエウリディーチェ」、改革開始
- 1791: モーツァルト「皇帝ティートの慈悲」、最後期セリア
派生・影響
グルックの改革オペラ、19世紀フランス・グランド・オペラ、ロッシーニ初期の英雄劇(タンクレーディ)に部分的に継承された。
音楽的特徴
楽器独唱、合唱、管弦楽
リズムダ・カーポ・アリア、レチタティーヴォ・セッコ
代表アーティスト
- クラウディオ・モンテヴェルディ
- アレッサンドロ・スカルラッティ
- アントニオ・ヴィヴァルディ
- ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル
- クリストフ・ヴィリバルト・グルック
- ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
代表曲
- リナルド HWV 7 — ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (1711)
- ジューリオ・チェーザレ HWV 17 — ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (1724)
- オルフェオとエウリディーチェ — クリストフ・ヴィリバルト・グルック (1762)
- 皇帝ティートの慈悲 K. 621 — ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (1791)
日本との関係
日本では新国立劇場が時々ヘンデル『リナルド』『ジュリオ・チェーザレ』などを上演する程度で、専門ファン以外の認知は薄い。古楽器演奏家グループのバッハ・コレギウム・ジャパン(鈴木雅明)はバロック宗教曲が中心だが、隣接領域として演奏する機会がある。
初めて聴くなら
1曲だけ聴くなら、ヘンデル『リナルド』より「Lascia ch'io pianga(私を泣かせてください)」。3分の短いアリアで、ダ・カーポ形式と装飾の典型が分かる。アルバムなら、チェチリア・バルトリ『The Vivaldi Album』(1999)、フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)の各種録音。
豆知識
カストラートの去勢は8〜10歳頃に行われ、声変わりを止めて成人男性の肺活量と少年の高音域を組み合わせるという発想だった。19世紀に入って人道的観点から廃止され、最後のカストラート歌手アレッサンドロ・モレスキの録音(1902〜04)がいまも残っている。声域というより独特の倍音構造を持つ声で、現代の歌手は完全には再現できない。
