オペラ・セリア
18世紀イタリアを中心に流行した、神話・古代史を題材とする3幕構成の正歌劇。
どんな音か
古代の王や英雄を主人公に据えた、イタリア語の「真面目なオペラ」だ。上演時間は3〜5時間に及び、多くは3幕構成をとる。レチタティーヴォ(語りに近い歌)で筋を運び、アリアで物語の進行をいったん止めて登場人物が心情をじっくり吐露する、という役割分担になっている。歌の中心はダ・カーポ・アリア(ダ・カーポ=「最初に戻る」の意)。A・B・A'の三部形式で、最後にAへ戻る際、歌手が即興で装飾を加えるのが特徴だ。編成はチェンバロ通奏低音と弦楽が中心で、後期になるとオーボエ、ホルン、トランペットなどの管楽器も加わる。そして最大の特徴は、声変わりを防ぐために少年期に去勢された男性歌手(カストラート)が、主役級の英雄役の多くを演じた点にある。
生まれた背景
オペラ・セリアは、前世紀に栄えた、喜劇的な脇筋や舞台機構を多用する派手なバロック・オペラを、もっと整然とした形に正そうとする反動から生まれた。1700年前後のナポリやローマで、台本作家アポストロ・ゼーノが台本形式の基礎を作り、これをほぼ全作曲家が使い回す「共通台本」にまで完成・標準化したのが、1720年代後半以降のピエトロ・メタスタージオである。同じ台本に、ヘンデルはロンドンの劇場で商業的な大当たりを取り、ハッセやヴィヴァルディはヨーロッパ各地の宮廷へ次々と作品を供給した。当時のオペラハウスはヨーロッパ宮廷の社交場で、貴族のパトロンが歌手を抱え、客が気に入ったアリアをその場でもう一度歌わせる(アンコールを求める)文化があった。なかでもファリネッリやセネジーノといったカストラートは当時のスーパースターで、宮廷が眉をひそめるほどの破格の報酬を得た。1760年代以降、グルックが『オルフェオとエウリディーチェ』(1762)を起点に、レチタティーヴォを簡素にし、序曲を物語本編と切れ目なくつなぐといったオペラ改革を進めた。そしてモーツァルトの『皇帝ティートの慈悲』(1791)を最後に、オペラ・セリアは主流から退いていく。
聴きどころ
聴きどころはダ・カーポ・アリアのA・B・A'構造だ。とくに「A'」(戻ってきた2回目のA)で、歌手が原譜にない装飾(トリル、走句、跳躍)を即興で加えるところが見せ場になる。レチタティーヴォは通奏低音のみの薄い伴奏(セッコ)が基本だが、劇的な場面では弦楽伴奏付きのレチタティーヴォ(アッコンパニャート)も使われる。セッコの素っ気なさから、アリアに入った瞬間に伴奏が一気に厚みを増す——この落差が耳をつかむ。カストラートのパートは、現代では女声メゾソプラノかカウンターテナーが代役する。
発展
A.スカルラッティ世代から始まり、ヘンデル(ロンドン時代)、ハッセ、ヴィンチ、ペルゴレージ、グラウンなどイタリア人・ドイツ人作曲家が国際的様式を作った。グルックは「アルチェステ」序文(1769)で「アリアの過剰技巧」を批判して改革オペラを唱え、形式は18世紀末に終焉に向かった。モーツァルト「皇帝ティートの慈悲」(1791)が伝統の最終形。
出来事
- 1724: ヘンデル「ジューリオ・チェーザレ」初演
- 1730: メタスタージオ、ウィーン宮廷桂冠詩人就任
- 1762: グルック「オルフェオとエウリディーチェ」、改革開始
- 1791: モーツァルト「皇帝ティートの慈悲」、最後期セリア
派生・影響
グルックの改革オペラ、19世紀フランス・グランド・オペラ、ロッシーニ初期の英雄劇(タンクレーディ)に部分的に継承された。
音楽的特徴
楽器独唱、合唱、管弦楽
リズムダ・カーポ・アリア、レチタティーヴォ・セッコ
代表アーティスト
- クラウディオ・モンテヴェルディ
- アレッサンドロ・スカルラッティ
- アントニオ・ヴィヴァルディ
- ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル
- クリストフ・ヴィリバルト・グルック
- ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
代表曲
- リナルド HWV 7 — ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (1711)
- オルフェオとエウリディーチェ — クリストフ・ヴィリバルト・グルック (1762)
- 皇帝ティートの慈悲 K. 621 — ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (1791)
- ジューリオ・チェーザレ HWV 17 — ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル (1724)
日本との関係
日本では新国立劇場が時々ヘンデル『リナルド』『ジュリオ・チェーザレ』などを上演する程度で、専門ファン以外の認知は薄い。古楽器演奏家グループのバッハ・コレギウム・ジャパン(鈴木雅明)はバロック宗教曲が中心だが、隣接領域として演奏する機会がある。
初めて聴くなら
1曲だけ聴くなら、ヘンデル『リナルド』より「Lascia ch'io pianga(私を泣かせてください)」。3分ほどの短く親しみやすいアリアで、入口にちょうどいい。ただしこれは女性役アルミレーナが歌う嘆きのアリアで、ジャンルの華であるカストラートの超絶技巧そのものを示す曲ではない。技巧の凄みも味わいたいなら、同じ『リナルド』の主役リナルドのアリアや、ファリネッリのために書かれたポルポラ作品を併せて聴くといい。アルバムなら、チェチリア・バルトリ『The Vivaldi Album』(1999)、フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)のカレスティーニ/ファリネッリ録音。
豆知識
カストラートの去勢は声変わり前の7〜12歳頃(諸説あり)に行われ、声変わり前の高い声域を保ったまま、成人の体格による声量と息の長さを得る、という発想だった。世俗のオペラでは1800年前後にほぼ姿を消し、教会の聖歌隊でも、ローマ教皇ピウス10世が1903年に出した命令(自発教令)によって公式に排除された。録音が残る最後のカストラートとして知られるアレッサンドロ・モレスキの音源(1902〜04)は、いまも聴くことができる。カストラートの魅力は声の高さそのものよりも、独特の倍音構成(音色を決める響きの成分)にあったとされ、現代の歌手がその響きを完全に再現することはできない。
