モビーダ・マドリレーニャ
フランコ独裁終焉後のマドリードで爆発した、自由の象徴となった若者音楽運動。
まずはここから
ひとことで言うとフランコ独裁終焉後のマドリードで爆発した、自由の象徴となった若者音楽運動。
まずはこの曲からNacha Pop — Chica de Ayer ▶ YouTube
代表的な人Loquillo
どんな音か
モビーダ・マドリレーニャは、フランコ独裁死去(1975年11月20日)後のマドリードで爆発した、ニューウェイヴ、シンセポップ、パンクが入り混じったスペインの音楽・文化運動だ。けばけばしいファッション、夜遊び、性やドラッグを率直に歌う歌詞、皮肉とユーモアを効かせた軽やかなサウンドが特徴で、シンセサイザーの明るいフレーズと、40年間の抑圧から解放された開放感がそのまま音になっている。編成は英ニューウェーブ(Depeche Mode、Blondie、Talking Heads)の直接的な影響下にあり、シンセ+ドラムマシン+エレキギター+ベース+ボーカルが標準で、5-6人組が多い。BPM 120-140の軽快な4つ打ちが中心で、パンクの疾走感が混ざる曲もある。歌詞はスペイン語で、青春、性、都市生活、そしてゲイ/レズビアン・カルチャーへの言及が同時代のスペイン・ロックと比べて顕著に多い。
聴きどころ
Mecano『Mujer contra Mujer』(1988)を聴くと、レズビアン・カップルを一切の道徳的裁定なしにバラードで歌うという当時のスペインでは革命的な行為が、Ana Torroja の抑えた優しい声で表現されているのに気づく。1980年代半ばのスペインでこれを歌うこと自体が政治的で、この曲はスペイン国内より先にラテンアメリカ合衆国(メキシコ、アルゼンチン)で大ヒットした。Radio Futura『Escuela de Calor』(1984) はサンティアゴ・アウセロンのマドリード都市生活のスペイン語詞と、跳ねるシンセ・ベースが特徴で、モビーダの「都会的洗練」の代表例だ。Nacha Pop『Chica de Ayer』(1980)はアントニオ・ベガ(1957-2009) のギター・ポップで、同世代の失恋アンセム。Alaska y los Pegamoides『バイラndo』(1982)は最もパンク寄りで、Olvido「Alaska」Gara の突き放したような朗誦とチープなシンセの組み合わせがモビーダの初期衝動そのままだ。
初めて聴くなら
1曲だけなら Mecano『Hijo de la Luna』(1986)、モビーダ・マドリレーニャの最も国際的に知られた代表曲。次に Radio Futura『Escuela de Calor』(1984)、モビーダの都会的洗練を最も明快に伝える。Nacha Pop『Chica de Ayer』(1980) で運動の初期衝動を、Alaska y los Pegamoides『バイラndo』(1982) でパンク側を、Mecano『Mujer contra Mujer』(1988) で運動が世代を代表するバラードに至る到達点を確認できる。同時にペドロ・アルモドバル『欲望の法則』(1987)を観ると、当時のマドリードの夜の空気と音が同時に体感できる。
代表アーティスト
- Loquillo
- Nacha Pop
- Alaska y los Pegamoides
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- Radio Futura
- Mecano
- Golpes Bajos
代表曲
- Nacha Pop — Chica de Ayer (1980)
- Loquillo — Cadillac Solitario (1983)
- Golpes Bajos — Malos Tiempos para la Lírica (1983)
もっと見る(あと5件)
- Radio Futura — Escuela de Calor (1984)
- Mecano — Mujer contra Mujer (1988)
- Radio Futura — Enamorado de la Moda Juvenil (1980)
- Alaska y los Pegamoides — Bailando (1982)
- Mecano — Hijo de la Luna (1986)
生まれた背景
決定的な起点は1975年11月20日のフランコ独裁者の死去だ。40年間続いた独裁下でスペイン(特に若者・女性・少数派)は表現の自由を大きく制限されており、独裁終焉と1978年憲法での民主化が「文化的解放」を一気に許した。
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マドリードでは1977-78年頃から、Kaka de Luxe(1977結成、Fernando Márquez、Nacho Canut、Olvido Gara/Alaska らを含むパンク・バンド)が最初の火をつけ、その解散後にメンバーが Alaska y los Pegamoides(1979-82)、Radio Futura(1979-1992)、Nacha Pop(1978-88) 等に分岐した。1980-82年頃、市長 Enrique Tierno Galván(通称「the Old Professor」、社会党)が「モビーダ・マドリレーニャ(Madrid's shake-up)」という運動を市の文化政策として公式に後押しし、Rock-Ola クラブ、La Vía Láctea バーが夜の中心となった。映画監督ペドロ・アルモドバル(1949-、代表作『欲望の法則』1987、『バチ当たり修道院の最後』1983)は運動の中心人物の一人で、彼の映画そのものがモビーダの美学を映像化した記録だ。同時期、Mecano(1981結成、Cano 兄弟+Ana Torroja)がよりポップな系統として1986年『Hijo de la Luna』で国際的ヒットを放ち、1988年『Mujer contra Mujer』でレズビアン愛を主題にした異例のバラードを世界に届けた。
音楽的特徴の詳細
楽器シンセサイザー、エレクトリックギター、ベース、ドラムマシン、ドラムス
リズムニューウェイヴ/シンセポップの軽快な4つ打ち、パンク由来のシンプルな疾走感
発展
アラスカ・イ・ロス・ペガモイデスやラディオ・フトゥラがシーンの先頭を走り、メカノはより洗練されたシンセポップで国際的なヒットを飛ばした。テレビやラジオを通じて運動は全国へ広がった。
出来事
- 1980年: ラディオ・フトゥラが「Enamorado de la Moda Juvenil」を発表する。
- 1982年: アラスカ・イ・ロス・ペガモイデスの「Bailando」がシーンを象徴する曲となる。
- 1986年: メカノの「Hijo de la Luna」が国際的ヒットになる。
派生・影響
1980年代後半に熱気は落ち着いたが、メカノら一部はラテンアメリカでも成功し、その後のスペイン・ポップやインディーシーンの土台となった。
日本との関係
モビーダ・マドリレーニャは日本での知名度が意外に高い。理由は Mecano で、彼らの1986年『Hijo de la Luna』が日本の輸入盤店で継続的に売れ、1988年『Mujer contra Mujer』の英訳版が日本のFM放送で流れたことで一部のリスナーに定着した。NHK BS がスペイン語圏音楽特集で1980年代末に Mecano を取り上げたことも大きい。ペドロ・アルモドバルの映画は1990年代以降、東京・シネマライズや大阪シネ・ヌーヴォで継続的に上映され、その劇伴を通じてモビーダの音が届いた(『トーク・トゥ・ハー』2002、『バッド・エデュケーション』2004など)。1980年代の日本の Roppongi・Harajuku 若者カルチャー(YMO 周辺、川久保玲、山本耀司らの前衛ファッション)とモビーダは同時代の別々の場所で並行して起きた「戦後保守文化からの離脱」で、両者の美学的共鳴を語る音楽ジャーナリズムが2010年代以降増えている。
豆知識
「Movida(モビーダ)」はスペイン語で「動き、揺れ、そわそわした状態」の意で、俗語では「クスリの取引」や「面白い出来事」を指すスラングでもあった。1980年前後のマドリードの若者がクラブや路上で使っていた口語がそのまま運動名になったのが由来だ。
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Alaska(本名 Olvido Gara、1963-)はメキシコ生まれで、13歳で家族とマドリードに移住、Kaka de Luxe → Alaska y los Pegamoides → Alaska y Dinarama(1982-89) → Fangoria(1989-現在)と一貫してモビーダ以降のスペイン・ポップ・パンクの中心にいる人物だ。彼女は2003年にスペインで初めて「pareja de hecho」(事実婚)登録した同性愛カップルの片方を公にサポートするなど、性的マイノリティのアイコンとしても活動を続けている。ペドロ・アルモドバルは映画監督デビュー前の1970年代後半、モビーダ・マドリレーニャの初期に「Almodóvar & McNamara」というパンク・デュオを組んでいた(公演は1980-82年頃)。Mecano の Cano 兄弟(Nacho と José María)は理論物理学を学んだ後に音楽家になった経歴を持ち、彼らのシンセ・アレンジの数学的な精密さは同時代の英ポップと比べても異例に緻密だ。
影響・派生で結ばれたジャンル
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