宗教・霊歌

ミズラヒ典礼音楽

Mizrahi Liturgical Music

イラク・シリア・イエメン / 西アジア · 1100年〜

中東・北アフリカのアラブ世界に長く居住したミズラヒ・ユダヤ共同体の典礼歌唱伝統。

どんな音か

ミズラヒ典礼音楽はシナゴーグ(ユダヤ教会堂)での礼拝で歌われる祈祷文の歌唱で、楽器は原則使わない。歌い手は礼拝指導者(ハザン)で、アラビア音楽のマカーム音階に沿った旋律を朗詠する。イラク・シリア・イエメンなどの地域ごとに旋律の様式が異なり、同じ祈祷文が場所によって全く違う旋律を持つ。「バッカショット(懇願の歌)」は安息日前夜の夜明け前に歌われる慣習があり、アレッポ(シリア)のユダヤ共同体ではアラビア語の詩の旋律を礼拝に取り込んだ独自のスタイルが発達した。Yair Dalal(ヤイル・ダラル)はこの伝統をコンサート音楽として再解釈している。

生まれた背景

ミズラヒ(東方)とはアラブ世界に長く居住したユダヤ人を指す。バビロン捕囚以来の長い歴史の中で、周囲のアラブ・ペルシャ・オスマン帝国の音楽文化を吸収しながら礼拝音楽を発展させた。1948年のイスラエル建国後、中東各国からミズラヒ系ユダヤ人が移住し、各地の典礼音楽をイスラエルに持ち込んだ。アレッポのユダヤ共同体が持つ「バッカショット」の伝統は特に豊かで、19世紀に編纂された「シール・ウシュバハ・ハレル」という歌集が今も使われている。

聴きどころ

Yair Dalal「Bakkashot of Aleppo」では、旋律がマカーム音階に沿って上下する中に、一音節を長く引き延ばす装飾(メリスマ)が多用される。その引き延ばしの間に、音が微妙に揺れる。この揺れはビブラートとも異なる、独特の音程の揺動。礼拝の文脈では参加者全員が旋律を知っており、ハザンの旋律を追いながら内側で祈りを重ねる。

発展

16-19世紀にアレッポ、バグダード、サナア、メクネスで地域様式が確立、第二次大戦後の中東ユダヤ人イスラエル移住(1948-70)とともに伝統は新天地に再構築された。1970年代以降のミズラヒ音楽復興運動はイスラエル世俗ポピュラー音楽(ミズラヒ・ポップ)の母胎となった。

出来事

  • 16世紀: アレッポでバッカショート文化成立
  • 1948: イスラエル建国、中東ユダヤ移住開始
  • 2008: イスラエルでナショナル・ピユット・プロジェクト発足

派生・影響

イスラエルのミズラヒ・ポップ、Pizmonim運動、現代Piyut復興(イスラエル詩人D.アミハイら起源の運動)に連続する。

音楽的特徴

楽器声、ウード、カーヌーン、ナイ、ダフ

リズムアラブ・マカーム、ピユット詩形、コール&レスポンス

代表アーティスト

  • Yair Dalalイスラエル・イラク · 1990年〜

代表曲

日本との関係

ユダヤ教の典礼音楽が日本で聴かれることはほぼなく、ミズラヒ典礼音楽は研究者の文脈でも周縁的。日本のユダヤ人コミュニティは小さく、礼拝音楽が公に演奏される機会はほとんどない。

初めて聴くなら

Yair Dalal「Bakkashot of Aleppo」は典礼文脈を離れたコンサート録音で、音楽的に聴きやすい形に整理されている。礼拝の場での歌唱と比べると静謐さは薄いが、旋律の性格は保たれている。深夜から夜明けにかけて聴く慣習に合わせ、就寝前の静かな時間に試してほしい。

豆知識

アレッポ(シリア)のユダヤ人共同体は19世紀末から20世紀にかけてブラジルアルゼンチンアメリカ合衆国への移住を進め、それぞれの地でバッカショットの伝統を維持している。ニューヨークのブルックリンにあるアレッポ系ユダヤ人コミュニティは現在も毎週土曜日にバッカショットを歌う集会を続けていると伝えられる。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1100年代ミズラヒ典礼音楽ミズラヒ典礼音楽セファルディ典礼音楽セファルディ典礼音楽凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
ミズラヒ典礼音楽を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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