宗教・霊歌

マディーフ・ナバウィー

Madih Nabawi

エジプト・シリア・モロッコ / 西アジア · 1200年〜

別名: Madh / Praise of the Prophet

預言者ムハンマドへの讃美を歌うアラブ世界の宗教歌唱伝統。

どんな音か

マディーフ・ナバウィーは預言者ムハンマドへの称賛と愛を声で表現する歌唱で、楽器は地域によって異なるが、無伴奏または打楽器(ダフ)のみを使うことが多い。声は訓練された独唱者が旋律をゆっくりと展開し、アラブ音楽の音階(マカーム)に沿って装飾音を重ねる。Sheikh Yasin al-Tuhami(シェイフ・ヤーシン・アル・トゥハーミー)のような歌い手は、単純な旋律を何度も繰り返しながら少しずつ音域と感情の強度を上げていく。ピークでは声が震えるほどの強度になり、集会の参加者が一緒に旋律を口ずさんだり涙を流したりする。それは音楽的体験であると同時に宗教的実践でもある。

生まれた背景

イスラム世界ではムハンマドの生涯を称える詩(マディーフ)が7世紀の初期から詠まれてきた。最も有名な讃歌の一つ「カスィーダ・アル=ブルダ(外套の頌詩)」は13世紀のエジプトの詩人イマーム・ブーシーリーが書いたもので、今日まで様々な旋律で歌われている。エジプト、シリア、モロッコ、ペルシャ湾岸など地域ごとに異なる旋律様式が発達し、一つの「ジャンル」というより地域バリエーションを持つ実践群として存在する。スーフィー教団の集会(ハドラ)では長時間のマディーフが催眠的な状態をもたらす媒体として使われる。

聴きどころ

Sheikh Yasin al-Tuhami「Qasidat al-Burda」では、最初の数分間は旋律がほぼ変化しない。ここで飽きずに声の倍音の変化を聴き続けると、徐々に旋律が持ち上がっていく過程が感じられる。声が高い音域に到達する前の緊張感と、そこに達した瞬間の解放感が聴きどころ。集会の録音では観客の感嘆の声や唱和が入り込み、音楽が空間の中でどう機能しているかが記録されている。

発展

オスマン期に各都市で固有のマディーフ団体が組織され、20世紀にはエジプトのシャイフ・ヤースィーン・トフィー、モロッコのサミー・ユーセフ、シリアのアブー・シャール兄弟らが録音・放送で広めた。マウリド祭の中心音響として今日まで実践される。

出来事

  • 1294: ブースィーリー没、『ブルダ詩』流布
  • 19世紀: シリア・エジプトでマディーフ専門集団組織化
  • 2010年代: ユネスコがアラブ・マウリド儀礼を地域文化遺産として注目

派生・影響

現代ナシード、トルコのイラーヒー、マレーのハドラといった広域的讃美歌伝統の祖型として影響を与えた。

音楽的特徴

楽器声(独唱・合唱)、ダフ、ベンディール、稀にナイ

リズムアラブ・マカーム、ムワッシャハ詩形、コール&レスポンス

代表アーティスト

  • Sheikh Yasin al-Tuhamiエジプト · 1970年〜

代表曲

日本との関係

日本国内のムスリムコミュニティ(在日インドネシア人、パキスタン人、アラブ系など)の中では特定の宗教行事の際に歌われることがあるが、一般の日本人リスナーにはほぼ知られていない。イスラム音楽としてはNHKのドキュメンタリーなどでコーラン詠唱と並んで紹介されることがある程度。

初めて聴くなら

Sheikh Yasin al-Tuhami の「Qasidat al-Burda」はYouTubeにライブ映像が複数ある。深夜の静かな時間帯に、歌い手の顔の表情を見ながら聴くと、言語を超えて信仰の強度が伝わってくる。アラビア語の詩の内容を事前に調べておくと、旋律がどの詩句にどう寄り添っているかが見えてくる。

豆知識

「カスィーダ・アル=ブルダ」(外套の頌詩)は作者イマーム・ブーシーリーが病気で半身不随になった際、夢の中でムハンマドが外套をかけてくれたことで病が癒えたという体験を書いたとされる。この詩は現在も167の詩節で構成され、北アフリカから東南アジアまで世界各地で暗唱・歌唱されている。音楽的には各地域の旋律様式を吸収し続けており、同じ詩でもモロッコ版とエジプト版では全く異なる旋律になる。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図800年代1200年代マディーフ・ナバウィーマディーフ・ナバウィーナシードナシードハドラハドラ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
マディーフ・ナバウィーを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

マディーフ・ナバウィー の系譜全体図(多段)を見る

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