ナシード
ヴォーカルとパーカッションのみで歌われるイスラム教の宗教歌・道徳歌。
どんな音か
複数のボーカル(アカペラまたはパーカッション伴奏)が、節度ある美しさで、神の属性や道徳的教訓を歌う。テンポは中庸で、歌詞の意味が明確に聴き手に伝わるように、装飾は最小限。声のハーモニーは、チョラス的な一体感ではなく、各ボーカルが独立した旋律線を保ちながら、結果的に調和する形。パーカッション(タンバーリン、ダルブッカ)がリズムを支える場合、エスニックな音色よりも、節度ある『打撃』に徹する。イスラム教の信仰的厳格性が、音響設計に反映されている。
生まれた背景
聴きどころ
歌詞の言葉一つ一つが明確に発音される方法。装飾的な音や、感情的な張り上げが排除され、その代わりに『誠実さ』が音響から伝わること。パーカッションは、テンポを支えるだけで、メロディを彩ることはない。Sami Yusufの『Asma Allah』では、99のアッラーの属性(慈悲、正義、癒し等)が詩的に列挙され、各属性の音響的表現が微妙に異なる。
発展
20世紀後半のイスラム覚醒運動(サフワ)期に、サウジ・湾岸諸国で『楽器を含まないイスラム的ポップ』として再活性化。サミ・ユスフ(英国・アゼルバイジャン)、マハー・アル=アンマーリー(サウジ)、ザイン・ビカ(レバノン)らが世界的スターとなり、衛星放送・ストリーミングで広まった。
出来事
- 1980年代: サウジ・サフワ運動でナシード復興
- 2003: サミ・ユスフ『Al-Mu'allim』国際ヒット
- 2010: トルコ・マウリディ系ナシードのテレビ放送拡大
派生・影響
現代イスラミック・ポップ、トルコのイラーヒー、マレー世界のクシダ、東アフリカのカシダなどの土壌となった。
音楽的特徴
楽器声、ダフ、フレームドラム(無伴奏も多い)
リズム簡素拍節、コーラス反復、各地語、マカーム旋法
代表アーティスト
- Sami Yusuf
代表曲
- Al-Mu'allim — Sami Yusuf (2003)
- Asma Allah — Sami Yusuf (2003)
日本との関係
イスラム教徒が日本に少数存在するが、nasheeds の文化的認知度は極めて低い。9.11以降、イスラム教に対する恐怖と偏見により、nasheeds を『過激派の宣伝音楽』と誤解する傾向がある。実際には、大多数のnasheeds は精神的な敬虔さを歌うもので、政治的メッセージを含まない。
初めて聴くなら
Sami Yusufの『Asma Allah』。2003年録音で、現代的なプロデューサーションながら、伝統的な讃歌の本質を失わない。意味を知らなくても、声の清廉さと歌詞の厳格性が伝わる。続けて『Al-Mu'allim』(師匠)で、別のテーマを経験する。夜間の落ち着いた時間に聴くことを推奨。
豆知識
ナシード という言葉は『詩を朗唱する』という意味のアラビア語に由来。コーラン朗誦(タジュィード)とは異なり、nasheeds は作曲された音楽である。ただし、イスラム教の厳格派(ワッハーブ派など)は、楽器を伴う音楽一般を『ハラーム(禁止)』と見なすため、nasheeds のアカペラ形式はそうした教義と妥協した結果。
