宗教・霊歌

ナシード

Nasheed

サウジアラビア・湾岸諸国 / 西アジア · 800年〜

別名: Anasheed

ヴォーカルとパーカッションのみで歌われるイスラム教の宗教歌・道徳歌。

どんな音か

複数のボーカル(アカペラまたはパーカッション伴奏)が、節度ある美しさで、神の属性や道徳的教訓を歌う。テンポは中庸で、歌詞の意味が明確に聴き手に伝わるように、装飾は最小限。声のハーモニーは、チョラス的な一体感ではなく、各ボーカルが独立した旋律線を保ちながら、結果的に調和する形。パーカッション(タンバーリン、ダルブッカ)がリズムを支える場合、エスニックな音色よりも、節度ある『打撃』に徹する。イスラム教の信仰的厳格性が、音響設計に反映されている。

生まれた背景

8世紀から存在する形式とされるが、明確な起源は不明。イスラム教の初期拡大とともに、イスラーム世界全域に広がった。19世紀から20世紀にかけて、西洋化への抵抗と民族・宗教的アイデンティティの再発見の中で、nasheeds はイスラム文化復興の象徴になった。20世紀後半から21世紀初頭にかけて、西洋のポップ音楽の影響を受けた『モダン・ナシード』が出現し、若年層に対する宗教的説法手段として利用された。

聴きどころ

歌詞の言葉一つ一つが明確に発音される方法。装飾的な音や、感情的な張り上げが排除され、その代わりに『誠実さ』が音響から伝わること。パーカッションは、テンポを支えるだけで、メロディを彩ることはない。Sami Yusufの『Asma Allah』では、99のアッラーの属性(慈悲、正義、癒し等)が詩的に列挙され、各属性の音響的表現が微妙に異なる。

発展

20世紀後半のイスラム覚醒運動(サフワ)期に、サウジ・湾岸諸国で『楽器を含まないイスラム的ポップ』として再活性化。サミ・ユスフ(英国・アゼルバイジャン)、マハー・アル=アンマーリー(サウジ)、ザイン・ビカ(レバノン)らが世界的スターとなり、衛星放送・ストリーミングで広まった。

出来事

  • 1980年代: サウジ・サフワ運動でナシード復興
  • 2003: サミ・ユスフ『Al-Mu'allim』国際ヒット
  • 2010: トルコ・マウリディ系ナシードのテレビ放送拡大

派生・影響

現代イスラミック・ポップ、トルコのイラーヒー、マレー世界のクシダ、東アフリカのカシダなどの土壌となった。

音楽的特徴

楽器声、ダフ、フレームドラム(無伴奏も多い)

リズム簡素拍節、コーラス反復、各地語、マカーム旋法

代表アーティスト

  • Sami Yusufイギリス・アゼルバイジャン · 2003年〜

代表曲

日本との関係

イスラム教徒が日本に少数存在するが、nasheeds の文化的認知度は極めて低い。9.11以降、イスラム教に対する恐怖と偏見により、nasheeds を『過激派の宣伝音楽』と誤解する傾向がある。実際には、大多数のnasheeds は精神的な敬虔さを歌うもので、政治的メッセージを含まない。

初めて聴くなら

Sami Yusufの『Asma Allah』。2003年録音で、現代的なプロデューサーションながら、伝統的な讃歌の本質を失わない。意味を知らなくても、声の清廉さと歌詞の厳格性が伝わる。続けて『Al-Mu'allim』(師匠)で、別のテーマを経験する。夜間の落ち着いた時間に聴くことを推奨。

豆知識

ナシード という言葉は『詩を朗唱する』という意味のアラビア語に由来。コーラン朗誦(タジュィード)とは異なり、nasheeds は作曲された音楽である。ただし、イスラム教の厳格派(ワッハーブ派など)は、楽器を伴う音楽一般を『ハラーム(禁止)』と見なすため、nasheeds のアカペラ形式はそうした教義と妥協した結果。

影響・派生で結ばれたジャンル

ナシードを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

ナシード の系譜全体図(多段)を見る

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