宗教・霊歌

ルター派コラール

Lutheran Chorale

ヴィッテンベルク / ドイツ / 西ヨーロッパ · 1524年〜

別名: Kirchenlied

宗教改革期にマルティン・ルターらが整備した、ドイツ語による会衆讃美歌の伝統。

どんな音か

ルター派コラールは、宗教改革期にドイツ語で整えられた会衆讃美歌の伝統。礼拝で専門聖歌隊だけでなく会衆が自分の言葉で歌うことを重視し、明確な旋律と神学的な歌詞を持つ。後にバッハがカンタータ受難曲、オルガン曲でコラールを高度に展開し、プロテスタント音楽の中心的素材になった。

生まれた背景

1524年前後、マルティン・ルターと協力者たちは、ラテン語典礼からドイツ語会衆歌へ重心を移すため、多くのコラールを整備した。既存の聖歌や民衆旋律を取り入れることもあった。印刷技術と宗教改革の広がりにより、コラールは信仰教育、共同体形成、家庭礼拝の道具として広く浸透した。

聴きどころ

旋律が会衆に歌えるよう、覚えやすく力強く作られている点を聴く。四声体ではソプラノが旋律を担い、下の声が和声を支える。バッハ作品では、同じコラール旋律が場面によって明るくも暗くも変わる。歌詞の神学的な意味と和声の色が結びつくため、対訳を見ながら聴くと深く入れる。

発展

16-17世紀にプレトリウス、シャイト、シュッツ、シャインらがコラール多声曲を量産、17世紀後半にバッハ家系へと至るオルガン・カンタータ伝統を支えた。J.S.バッハの教会カンタータ・受難曲はコラール文化の頂点であり、彼の死後も讃美歌集を通じて世界中のルター派・改革派教会に広まった。

出来事

  • 1524: ルター『Geistliche Lieder』讃美歌集刊行
  • 1529: 『神はわがやぐら』成立
  • 1727: J.S.バッハ『マタイ受難曲』初演
  • 1948: 世界教会協議会、エキュメニカルな讃美歌集編纂を促進

派生・影響

西洋古典音楽の和声・対位法教育の核となり、メンデルスゾーン、ブラームス、レーガー、メシアンら多くの作曲家がコラールを引用・変奏した。北欧・北米プロテスタント讃美歌伝統全般の祖型。

音楽的特徴

楽器会衆斉唱、オルガン、合唱(SATB)

リズム有節形式、ドイツ語、四声和声、規則的拍節

代表アーティスト

  • Thomanerchor Leipzigドイツ · 1212年〜
  • Johann Sebastian Bachドイツ · 1700年〜1750

代表曲

日本との関係

日本ではバッハのカンタータ受難曲、教会讃美歌、合唱教育を通じて重要な位置を占める。プロテスタント教会ではドイツ系コラール由来の旋律が日本語訳で歌われてきた。音楽大学では和声と対位法の教材にもなり、単なる宗教歌を超えて西洋音楽理解の基礎になっている。

初めて聴くなら

入口は「Ein feste Burg ist unser Gott — Thomanerchor Leipzig」。宗教改革の力強い会衆歌としての性格が分かる。バッハによる展開を聴くなら「Wachet auf, ruft uns die Stimme (BWV 140) — Johann Sebastian Bach (1731)」、親しみやすい旋律なら「Jesu, Joy of Man's Desiring (1723)」がよい。

豆知識

ルターは音楽を信仰教育の有力な手段と考えた。コラールは美しい歌であるだけでなく、教義を記憶し、共同体で共有するためのメディアだった。歌える神学という言い方がよく似合う伝統である。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図750年代1520年代1700年代ルター派コラールルター派コラールグレゴリオ聖歌グレゴリオ聖歌讃美歌讃美歌凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
ルター派コラールを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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ドイツ · 1524年前後 (±25年)

  • 宗教・霊歌受難曲1500年〜 · ドイツ

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