ハザヌート(カントル芸術)
ユダヤ教シナゴーグ礼拝でハザン(カントル)が祈祷文を歌い導く、専門的声楽芸術。
どんな音か
単一のヴォーカリストが、シナゴーグの中で、祈祷文をユダヤ教の音楽伝統に基づいて歌唱する。メロディは自由で、即興的な装飾音が多く、音程の揺らぎが表現力の中核。リズムは予測不可能で、祈りの感情的な流れに沿う。ハーモニーは背景にコーラスが加わることもあるが、主体はソロ・ボーカル。音質はアコースティックで、教会や小ホールの残響が活かされることが多い。
生まれた背景
聴きどころ
単一ボーカリストの技巧。音程の自由さと、その中での正確性。装飾音の量と質。祈祷文のテキストとメロディの関係。背景コーラスの役割。録音環境による響きの活用。
発展
19世紀後半ウィーン、ワルシャワ、リヴォフ等で『黄金期』を迎え、ヨゼフ・ローゼンブラット、ザヴェル・クヴァルトリン、モイシェ・コウスヴィツキらが録音産業と結合して国際的人気を得た。第二次大戦のショアーで東欧伝統は壊滅的打撃を受け、戦後はイスラエルと米国で再建が試みられている。
出来事
- 1840年代: ザロモン・ズルツァー、ウィーンでハザヌート近代化
- 1880-1939: 東欧『黄金期』ハザン文化
- 1939-45: ホロコーストで東欧シナゴーグ伝統壊滅
- 1957: ヤーコブ・ボグダノフ『The Cantors』録音、ハザヌート遺産保存運動
派生・影響
クレズマー、イディッシュ歌曲、現代ユダヤ・リトゥアル音楽、シェルドン・ハーニックらの米ミュージカル『屋根の上のヴァイオリン弾き』に至る伝統の音響的核。
音楽的特徴
楽器独唱(無伴奏)、稀に男声合唱
リズム自由リズム、ヌサーフ旋律、装飾的メリスマ、ヘブライ語
代表アーティスト
- Yossele Rosenblatt
- Moshe Koussevitzky
代表曲
Eli Eli (Hazzanut) — Yossele Rosenblatt (1916)
Yiskadal v'Yiskadash — Moshe Koussevitzky (1948)
日本との関係
初めて聴くなら
Yossele Rosenblatt『Eli Eli (Hazzanut)』(1916)。ハザヌート史上最高のテノール奏者による伝説的な録音。音程の自由さと表現力が最高峰に達している。より現代的な解釈なら、Moshe Koussevitzky『Yiskadal v'Yiskadash』(1948)。ハザヌートの伝統が20世紀半ばまで継続していたことが明確に聞こえる。
豆知識
Yossele Rosenblatt は 20 世紀初頭のハザヌート界のスター的存在で、聖歌隊がいくつかのシナゴーグでハザンの地位を競い合うほどだった。その音楽的才能は西洋クラシック音楽の世界にも認識され、オペラの指揮者に招聘されたこともある。ハザヌートはユダヤ人の音楽的アイデンティティの中核であり、同時に西洋音楽との接点を示す重要な伝統である。
