コプラ
愛と運命を劇的に歌い上げる、フラメンコ色のスペイン大衆歌謡。
まずはここから
ひとことで言うと愛と運命を劇的に歌い上げる、フラメンコ色のスペイン大衆歌謡。
まずはこの曲からConcha Piquer — Ojos Verdes ▶ YouTube
代表的な人Concha Piquer
どんな音か
コプラは、語りのように物語を運ぶ歌詞と、フラメンコ由来の節回しを持つスペインの大衆歌謡だ。捨てられた女、報われぬ恋、嫉妬や運命といった激しい感情を、歌手が芝居がかった大きな身振りで歌い上げる。伴奏はギターと管弦楽が中心で、サビでは声を張り上げて感情を爆発させる場面が必ず用意されている。一曲が短い悲劇の舞台のように構成されているのが特徴だ。歌唱はフラメンコ・カンテ由来のメリスマ(装飾音)を保ちつつ、カンテよりオペラ寄りに「歌い上げる」方向へ調整されている。テンポは自由なルバートで、リズムを刻む楽器より歌手の呼吸に楽団が合わせる構造だ。BPM は表記できない「感情に任せた」テンポで、緊迫のヴァースからサビへの立ち上がりが最大の見せ場だ。
聴きどころ
コプラを聴くときは、まず歌詞の物語構造に注目してほしい。三人称で他者の物語を語る形式(「彼女はある夜〜」から始まる)が典型で、コンチャ・ピケール『Ojos Verdes』(1936) は娼婦と客の一夜の物語を三人称で歌うもの。次に、装飾されたメリスマの歌唱と、自由なルバートで揺れるテンポの緩急、そしてサビでの一気の音量爆発。楽団はハンドクラップ(palmas)とカスタネットが入る瞬間があり、フラメンコの残響が舞台歌謡に翻訳されているのが分かる。ロシオ・フラード『Como una Ola』(1981) は Rocío 特有の力強く華麗な声と、オーケストラを従えたバラードとしての完成形が味わえる。
初めて聴くなら
代表アーティスト
- Concha Piquer
- Lola Flores
- Rocío Jurado
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- Miguel Poveda
代表曲
- Concha Piquer — Ojos Verdes (1936)
- Lola Flores — A Tu Vera (1962)
- Rocío Jurado — Como una Ola (1981)
生まれた背景
20世紀初頭、アンダルシアの民謡やフラメンコ、サルスエラ(スペインの軽歌劇)が混ざり合うなかで、舞台で歌われる物語歌として成立した。1920年代以降、レビュー劇場・レコード・ラジオを通じて全国に広まり、作詞作曲家チーム(Rafael de León、Manuel Quiroga、Antonio Quintero ら)が量産した名曲が女性歌手のスター性と結びついて人気を確立した。
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スペイン内戦(1936-39)後のフランコ独裁期(1939年以降)には、最も身近な娯楽音楽として国民の心を支えた。コンチャ・ピケール(1906-90)が舞台歌手として様式を確立、ロラ・フローレス(1923-95)がフラメンコの熱気を持ち込み、戦後にはロシオ・フラード(1946-2006)のような大衆スターが現れて様式を更新した。1975年フランコ死去以後、コプラは「独裁期の象徴」として一時的に忌避されたが、2000年代以降、Miguel Poveda ら現代のフラメンコ・カンタオールが古典コプラを再解釈し始め、Rosalía の『El Mal Querer』(2018) にもコプラの語彙が引用された。
音楽的特徴の詳細
楽器スパニッシュギター、管弦楽、ピアノ、カスタネット、手拍子(パルマ)
リズムフラメンコ由来の自由なルバート、ドラマチックな緩急、サビでの感情の爆発
発展
コンチャ・ピケールが舞台歌手として様式を確立し、ロラ・フローレスがフラメンコの熱気を持ち込み、戦後にはロシオ・フラードのような大衆スターが現れて様式を更新した。映画やテレビとも結びつき、世代を超えて歌い継がれた。
出来事
- 1936年: コンチャ・ピケールが「Ojos Verdes」を録音し代表曲となる。
- 1962年: ロラ・フローレスの「A Tu Vera」が大ヒットする。
- 1981年: ロシオ・フラードの「Como una Ola」が世代を超えて愛される。
派生・影響
後年は古臭い独裁期の音楽として一時敬遠されたが、近年フラメンコや現代ポップの歌手による再評価が進み、コプラの旋律や歌唱法が新しい世代に引き継がれている。
日本との関係
コプラの日本での認知は極めて限定的で、フラメンコやポップより一段深い専門ジャンルとして扱われる。1980-90年代に一部のスペイン語圏音楽好きが輸入盤を通じて発掘し、Concha Piquer と Rocío Jurado の名前は「戦後スペイン歌謡の別の顔」として知られてきた。1997年、日本の音楽ジャーナリスト・浜田淳が『スペイン歌謡曲』を著してコプラを日本語で初めて体系的に紹介、そこから日本のスペイン語圏音楽好きの間でコプラの認知が広がった。2020年代の Rosalía 経由でスペイン音楽に入った若年層が、彼女の楽曲で引用されているコプラ語彙を辿って古典まで遡るルートも小さく存在している。
豆知識
影響・派生で結ばれたジャンル
系譜図を見る
感触が近い系譜も地域も違うのに、聴くと通じるジャンル
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