アンダルシア古典(ヌーバ)
中世イベリア半島のイスラム文明アル・アンダルスから発源し、14〜15世紀のレコンキスタ後にマグレブ諸都市が継承した、ヌーバ組曲を基本単位とするアラブ古典音楽。
どんな音か
アンダルシア古典音楽の音は、歴史の重層感そのものである。各ヌーバは通常5〜7つのセクションから成り、遅く始まって加速する『セクション進行』を取る。楽器編成は地域によって異なるが、一般的にはウード(撥弦楽琵琶)、カヌーン(16弦の筝)、バイプ(末楽器)、ナイ(フルート)が主流で、パーカッション(タルベッカ:2個の小太鼓、ダルブッカ:一個太鼓)が支える。音階はアラビア古典の『マカーム』体系に準じており、西洋の12平均律とは異なり、4分音単位の微妙な音階差が特徴。テンポはセクション初期でBPM50〜70と遅く、最終セクションではBPM140〜180へ加速する。音色全体は、繰り返しの『オスティナート』(同じフレーズの反復)が支配的で、催眠的な深さを持つ。
生まれた背景
アンダルシア古典音楽は9世紀のイベリア半島アル・アンダルス(イスラム統治地域)で、バグダッド・アッバース朝の音楽理論がアンダルス的に変奏され、独特の音楽体系が形成された。13〜15世紀のレコンキスタ(キリスト教勢力によるイスラム支配地域の奪回)によって、イスラム音楽家たちはマグレブ(北アフリカ)の都市(フェズ、トレムセン、アルジェ)に移住し、その地で音楽を保護・継承した。20世紀の人類学的採集を経て、1980年代以降、マグレブ各国の『国家的文化遺産』として認識されるようになった。
聴きどころ
各ヌーバのセクション移行のタイミング(テンポ変化、リズムパターン変化)。マカーム音階の『微妙な音階ズレ』がもたらす『非西洋的な音響感』。ウードの『トレモロ』(弦を連続して弾く技法)の『粒立ち感』。パーカッションの『複雑なポリリズム』層。
発展
20世紀の都市化と国民国家形成の中で、各国の保存協会がヌーバの楽譜化と若手育成を進めた。1980年代以降は欧州ワールドミュージック市場に紹介され、ユダヤ系マグレブ移民とのコラボも進む。アムジェル・ハジ・ユーセフ、フランソワーズ・アタラスのような女性歌手の登場も注目される。
出来事
- 822: ジリヤーブがコルドバに到着
- 1492: グラナダ陥落、北アフリカへの楽士移動
- 1932: カイロ・アラブ音楽会議
- 1990: アンダルシア音楽協会連合がフェズで結成
派生・影響
ガルナーティ、マルーフ、シャアビ、フラメンコと深い相互関係。
音楽的特徴
楽器ウード、リバーブ、カマンジャ、ダルブッカ、合唱、独唱
リズムヌーバ組曲、5ミザーン、加速する構成
日本との関係
アンダルシア古典音楽は日本ではほぼ認知されていない。アラブ古典音楽研究の専門家や、イスラム文化学者の一部が知る程度。大衆文化での言及はない。
初めて聴くなら
フェズ(モロッコ)で伝承されている『アンダルシア古典音楽アンサンブル』の録音。最初の数ヌーバ(1〜3曲)だけ聴き始め、『セクション進行の論理』を把握することを勧める。夜間に、静かな環境で聴くと、中世イベリア半島の宮廷音楽の壮大さが想像できる。
豆知識
ヌーバという言葉はアラビア語で『順番』『方針』を意味し、各ヌーバが異なるマカーム(音階体系)に基づいている。アンダルシア古典音楽は、単なる『音楽様式』ではなく『歴史的記憶の音響化』として、マグレブの知識人層から尊重されている。フェズの『ウサナ・アル・アンダルシア協会』は1934年に設立され、現在でも楽譜の編纂と音楽家の認定を行っている。
