2026年4月12日

ボーカロイドが拓いた「歌い手」文化

初音ミク後の15年で、誰が誰のために歌うのかが変わった

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ポップ

歌わないアーティストのためのツール

ヤマハの VOCALOID というソフトウェアが2003年に登場した時、それは「歌わないアーティストのための補助ツール」だと考えられていた。プロの作曲家がデモテープを作るとき、生身のシンガーを呼ぶ前に仮の歌声をつけるための道具。

それが2007年、クリプトン・フューチャー・メディアが発売した『初音ミク』で、関係が完全に反転する。

ミクは作曲者の所有物ではなくなった

初音ミクの何が画期的だったか? 「キャラクターと声がセット」になっていたことだ。緑のツインテールの少女のイラスト、声の音色、商品名 — それが一つのパッケージとして売られた。

何が起きたか? 作曲者は彼女に歌わせ、ニコニコ動画にアップロードする。すると別の誰かがそれを「歌ってみた」「演奏してみた」「踊ってみた」「描いてみた」と再構築する。一次創作と二次創作の境界が、たった一つのキャラクターの介在で消えた。

下の曲は、ボカロP「wowaka」の代表作の1つ『ローリンガール』(2010)。彼の曲は、後のJポップ全体に決定的な影響を残した。

ボカロPがJポップになる

2010年代の前半、ボカロP(VOCALOID プロデューサー) たちは、SoundCloud ではなくニコニコ動画というローカルなプラットフォームで活動していた。だが、彼らの一部はそこから日本のメインストリームに登り詰める。

ハチ → 米津玄師、ryo → supercell、wowaka → ヒトリエ、kemu → 堀江晶太、Ado(歌い手から)、Adoと並ぶ Eve、Vaundy。今のJポップのチャートで上位にいる作曲家・シンガーの多くが、ボカロ起源だ。

下の曲は、ハチ名義の『マトリョシカ』。米津玄師として国民的シンガーになる前の、彼の仕事の一つ。

「歌い手」が東アジアの中心に座る

15年かけて、「歌い手」文化は東アジアのポップの中心に座を取った。中国でも、雲音楽の歌い手シーンが同様の構造で育っている。韓国でも、メロウ系の SoundCloud シンガーが類似の役割を果たしている。

VOCALOIDは「歌わせるツール」として登場し、結果的に「歌う人」の意味を書き換えた。これは2007年に誰も予想していなかった結末だ。

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