トゥアレグ・デザートブルース
サハラ砂漠の遊牧民トゥアレグが20世紀後半にエレキギターを取り入れて生み出した、政治的覚醒と離散の記憶を背負うブルース系音楽。
どんな音か
エレキギターが砂の中を滑るように長いフレーズを弾く。チョーキング(弦を押し上げて音程を変える)の頻度が高く、一つの音からゆっくり別の音へ移るスライド奏法が多用される。リズムはシンプルで繰り返しが長く、一定のパターンが10分以上続くことがある。ボーカルはタマシェク語(トゥアレグの言語)で歌われ、高い音域で抑制なく伸びる男声が基本。ベースはシンプルなルートの繰り返しで、全体として音数が少なく「余白」が多い。夜の砂漠の静けさと、その中に鳴り響く一本のギターという音景がある。
生まれた背景
聴きどころ
Tinariwen の「Amassakoul 'N' Ténéré」(2004年)でギターのリフが始まってから全員が揃うまでの過程を追うとよい。一本が始め、もう一本が加わり、パーカッションが入り——という積み重ねで音のテクスチャーが厚くなっていく。リズムが変わらないまま曲が展開するため、音の変化はダイナミクス(音量)と音色の変化で表現される。
発展
1990年代の和平合意以降、ティナリウェンが先頭に立って国際フェスへ進出し、欧州ワールドミュージック市場に「Desert Blues」のラベルで紹介された。続く世代のボンビーノ、テラカフト、タミクレストらはストーナーロックやインディーロックと交差しつつ独自路線を確立。マリ北部の2012年危機ではイスラム過激派による音楽禁令の下で多くの演奏家が南部や欧州に避難し、亡命と帰還のサイクルが現在も続く。
出来事
- 1979: アルジェリア・タマンラセットで若いトゥアレグがエレキギターでの集団演奏を始める
- 1982: ティナリウェンの母体が結成
- 1992: マリ・トゥアレグ反乱と和平合意
- 2001: フェスティバル・オ・デゼールがマリ・エサキュンで開始
- 2011: ティナリウェン『Tassili』がグラミー賞最優秀ワールドミュージック・アルバム獲得
- 2012: マリ北部のイスラム過激派支配下で音楽が事実上禁じられる
派生・影響
西アフリカのバンバラ系民族音楽、北アフリカのライ、欧米のサイケデリックロックと相互浸透し、現代のグローバルなデザートロック/砂漠音楽シーンを形成している。ボンビーノはダン・オーアバック(ザ・ブラック・キーズ)の制作を経てインディー圏に届いた。
音楽的特徴
楽器エレキギター、ベース、ジャンベ、テハルダント、ティンデ、声
リズム反復的6/8シャッフル、ペンタトニック旋法、コール&レスポンス
代表アーティスト
- Ali Farka Touré
- Tinariwen
- Tamikrest
- Bombino
代表曲
- Amassakoul 'N' Ténéré — Tinariwen (2004)
- Azamane Tiliade — Bombino (2013)
Aman Iman — Tinariwen (2007)
Tassili — Tinariwen (2011)
Toumast Tincha — Tamikrest (2017)
日本との関係
初めて聴くなら
Tinariwen の「Amassakoul 'N' Ténéré」(2004年)から入るとよい。夜に暗い部屋でスピーカーを使って聴くと、砂漠のキャンプファイアを想像する助けになる。続けてBombinoの「Azamane Tiliade」(2013年)を聴くと、ニジェール出身の若い世代がこのスタイルをどう継承・変形したかが対比できる。
豆知識
Tinariwen のメンバーは1990年代のトゥアレグ反乱に参加した後、マリ政府との和平協定を経て民間人として音楽活動に戻った。彼らが最初に広く知られたのはマリの音楽フェスティバル「砂漠のフェスティバル(Festival au Désert)」で、この祭典は2013年のイスラム過激派による北マリ占領によって開催不能になった。その後メンバーの多くがアルジェリアやモーリタニアに再び避難しながら録音を続けた。
