ツァピキ
1970-80年代マダガスカル南西部トリアラで生まれた、葬送儀礼のリズムを電化した高速ダンス音楽。
どんな音か
ツァピキは、マダガスカル南西部の港町トリアラで1970-80年代に成立した、エレクトリック・ギター、ベース、ドラム・キットによる高速ダンス音楽だ。ソロ・ギターがマラガシー五音音階の短い循環リフを弾き、ベースが1拍目と3拍目を強く踏み、ドラムが150-180BPMの2/4を叩く。歌はマラガシー語南西方言(Vezo・Mahafaly系)で、男女ペアのリード+バッキングが基本。母胎になったのは南西マダガスカルのbeko(葬送・徹夜儀礼の集団歌唱)で、亡くなった長老を看取る徹夜儀礼で歌い続けられる集団合唱のリズムを、そのままエレクトリック楽器に翻訳したのがツァピキだ。ダンスホールでの演奏でも儀礼と同じく2-3時間ノンストップで続くのが本来の姿で、聴き手の身体が疲れきるまで反復する構造そのものが儀礼の記憶を保持している。
生まれた背景
トリアラはマダガスカル南西端モザンビーク海峡に面した港町で、Vezo(漁労民)とMahafaly(牛牧民)を含む諸民族が交わる文化的な結節点だった。彼らの葬送儀礼bekoは、亡くなった長老の徹夜看取りで数十時間にわたり集団で歌い続ける形式で、そのリズム語彙が20世紀半ばに輸入されたエレクトリック・ギターと出会って生まれたのがツァピキだ。1970年代半ばのトリアラでは、若い世代のギタリストたちが儀礼の場を離れ、街のダンスホールでbekoリズムをそのまま踏襲した電化ダンス音楽を鳴らし始めた。1990-2000年代のDamily世代がフランスHelicoレーベル経由でヨーロッパの回路と接続し、Théo Rakotovaoら現地のシーンと結節して現在のツァピキの国際的な位置付けが確立した。
聴きどころ
まずギターの循環リフの短さに耳を澄ませてほしい。ツァピキのギター動機は多くの場合4-8拍の短いフレーズで、それが数百回反復されるうちに聴き手の身体が振動を吸収して踊りに入る、その「時間の折り畳み」がこの音楽の核だ。次にベースで、1拍目と3拍目を強く踏むだけの単純なパターンだが、そのシンプルさがドラムの2/4の推進力と噛み合って150-180BPMの疾走感を生む。Damily『Ravinahitsy』(2007)は、この構造をスタジオ録音で明瞭に分離した好例で、儀礼由来の即興性を保ったまま西洋耳のアルバムに翻訳した点が評価される。歌はコール&レスポンスの女声主体で、詩の脚韻がギター動機を軽く外して落ちる瞬間が繰り返し訪れる。
発展
1990-2000年代のツァピキは、Damily(本名Damily Rambetoson)を中心にした世代がヨーロッパのワールド・ミュージック回路と接続することで国際的な認知を得た。Damilyは2000年代前半にフランス・トゥールーズを拠点に、Théo Rakotovaoら南西マダガスカルの奏者と共に録音を続け、フランスのHelicoレーベルから複数のアルバムを発表した。彼の2007年『Ravinahitsy』は代表作で、儀礼の即興性を保ったまま西洋耳のスタジオ・アルバムに翻訳した点が評価された。同時期にKilema(本名Kilema Rasoafarinoro)がkabôsy(小型リュート)を軸にツァピキ路線の伝統的な形を欧州で活動、フランスとイタリアで継続的にライヴを行った。
出来事
- 1970s: トリアラで電化ツァピキ成立
- 1990s: Théo Rakotovaoら世代の録音開始
- 2003: Damilyフランス・デビュー
- 2007: Damily『Ravinahitsy』
- 2010s+: 欧州フェスティバル定期出演
派生・影響
サレジー(マダガスカル北部Sakalava系)と兄弟関係。ジンバブエのスングラ、ケニアのベンガと1970s以降のアフリカ電化ダンス音楽ネットワークを共有。
音楽的特徴
楽器エレクトリック・ギター、ベース、ドラム・キット、時にkabôsy(小型リュート)、リード歌手+バッキング・コーラス
リズム高速2/4(150-180BPM)、マラガシー五音音階の循環リフ、beko葬送儀礼リズムの電化、儀礼由来の長時間反復
代表アーティスト
- Théo Rakotovao
- Damily
- Kilema
代表曲
Tsapiky Beko — Théo Rakotovao (1998)
Jehy — Damily (2003)
Ravinahitsy — Damily (2007)
その後の代表曲
Kabôsy Live — Kilema (2005)
