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Classical

Symphony

1730–present

1人の作曲家が、最大100人の奏者をひとつのまとまった音楽へと束ねる。西洋音楽が築き上げた最も大規模で野心的な器楽形式だ。18世紀後半の古典派で形が定まり、19世紀ロマン派から現代までオーケストラ(管弦楽)のための多楽章曲の中心であり続けてきた。

What it sounds like

オーケストラ(60〜100人編成)のための4楽章(時に3〜5楽章)構成の大規模管弦楽曲。第1楽章=主張、第2楽章=息継ぎ、第3楽章=遊び、第4楽章=決着、という起伏が交響曲の基本ドラマだ。第1楽章は「ソナタ形式」。冒頭で示した主題を展開部で変形し、やがて再び元の主題へ戻ってくる構成である。第2楽章はゆったりと歌う緩徐楽章(かんじょがくしょう)。第3楽章はもともと上品な3拍子の舞曲メヌエット(古典派の標準)で、ベートーヴェン以降は軽快で勢いのあるスケルツォが主役になった。第4楽章は全体を締めくくるフィナーレ。弦楽器(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスなど)が全体の骨格をつくり、管楽器(フルート、クラリネット、ホルン、トランペットなど)が色彩を加え、打楽器(ティンパニ、シンバルなど)が要所を強調する。同じ「交響曲」という名のもとに、演奏時間は20分から90分まで、編成はハイドンの頃の約30人から100人を超える大伽藍まで――室内楽規模から大編成まで、その幅の広さも魅力である。

How it came about

もともとはオペラの幕開けを告げる短い前座曲だった。それが100人規模の自立した大作へ育つまでに、およそ一世紀かかっている。18世紀前半、イタリアのオペラの開幕に演奏された「シンフォニア」(急-緩-急の3部からなる序曲)が、独立した器楽曲として歩み出す。サンマルティーニ(1730年代以降)やJ.C.バッハ(1760年代以降)らが土台を築き、ハイドン(交響曲を100曲以上作曲し「交響曲の父」と呼ばれる)とモーツァルトが古典派の標準形を確立した。1800〜24年のベートーヴェン(全9曲)は、交響曲を単なる器楽曲から、理想や思想を人々に語りかける表現へと高めた――その頂点が第9番の合唱「歓喜の歌」だ。19世紀には、いまも論じる価値のある問いをめぐって作曲家が二派に分かれた。音楽は物語を語るべきか、それとも音そのものであるべきか。一方は音の構成美を追う「絶対音楽」(ブラームス、ブルックナー)、他方は物語や情景を音で描く「標題音楽」(ベルリオーズ、リスト)である。チャイコフスキーやマーラー、シベリウスはこの両方をまたぎ、独自の作品を残した。20世紀には、戦時下のソ連で交響曲が体制への忠誠と密かな抵抗の両方を担ったショスタコーヴィチのように、伝統は新しい意味を帯びて生き続けた。交響曲はいまも、作曲家が自らの力量を測る最大の試金石であり続けている。

What to listen for

ソナタ形式の「主題」が何度も姿を変えて再現されること。展開部(中間部)で主題がどう分解・再構成されるかを追う。ベートーヴェン以降は楽章間にも主題的な関連が織り込まれることが多い。マーラー以降は楽章数が拡大し、人声が加わることもある。指揮者によって同じ曲が劇的に違う響きになる、解釈の楽しみも大きい。

If you only hear one thing

まずは1曲、ベートーヴェン交響曲第9番ニ短調作品125「合唱付き」(1824、終楽章はニ長調)だけでいい。第4楽章「歓喜の歌」は世界中の人が知っている旋律だ。気に入ったら次は、古典派のお手本としてモーツァルト交響曲第40番ト短調 K.550(1788)へ。20世紀へ進むなら二択。スケールを浴びたい人は声楽が爆発的に加わるマーラー交響曲第2番「復活」、終始ナイフのように張り詰めた緊張を味わいたい人はショスタコーヴィチ交響曲第5番(1937)がおすすめだ。

Trivia

ベートーヴェン交響曲第9番(1824)初演時、ベートーヴェンは聴覚をほぼ失っていた。指揮者ミヒャエル・ウムラウフの傍らで自らも拍子を取っていたが、楽団員はウムラウフに従うよう指示されていた。演奏が終わってもベートーヴェンは客席の拍手に気づけず、アルト独唱のカロリーネ・ウンガーが彼の体を観客の方へ向けたという逸話が伝わる。年末に「第九」が日本中で鳴るのは、音楽的伝統というより実利的な理由で定着した。戦前から各地に演奏例はあったが、根づいたのは戦後。年末は客が集まりやすく楽団員の収入を見込めたからだ――世界でも日本だけの光景である。

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