シャンソン(ルネサンス)
15〜16世紀フランス・フランドルで流行した世俗多声歌曲のジャンル。
どんな音か
生まれた背景
聴きどころ
歌詞の意味と声部の動きを合わせて聴く。鳥を歌う曲では声がさえずりのように跳ね、戦争を描く曲では短い音型が騒がしく重なる。宗教曲より拍の感覚がつかみやすく、言葉の絵画的な扱いが魅力である。無伴奏合唱で聴くと声の絡みが分かりやすく、器楽伴奏入りでは舞曲に近い明るさが出る。
発展
前期はフォルム・フィクスに沿った3声書法だったが、ジョスカンが模倣対位法を導入、16世紀前半にはジャヌカン、セルミジ、クローダン・ド・セルミジが描写的・洒脱な「パリ・シャンソン」を確立した。後期はラッスス、ル・ジュンヌが半音階や言葉絵画を取り入れ、近代音律論争にも関与した。
出来事
- 1480年頃: バンショワ・デュファイのブルゴーニュ・シャンソン
- 1528: アタンニャンによるパリでの楽譜印刷開始
- 1529: ジャヌカン「鳥の歌」「戦争」
- 1571: ル・ジュンヌら「アカデミー・ド・ポエジー・エ・ド・ミュージック」、量的詩律実験
派生・影響
イタリアではマドリガーレ、ドイツではテノール・リート、英国ではエアへ翻案された。バロックのフランス・エアやベルギー語圏のマドリガーレ系統にも影響を与え続けた。
音楽的特徴
楽器3〜5声合唱(任意でリュート)
リズム短い有節形式、模倣対位、描写的書法
代表アーティスト
- ギヨーム・デュファイ
- ジョスカン・デ・プレ
- クレマン・ジャヌカン
- オルランド・ディ・ラッソ
代表曲
- Mille regretz — ジョスカン・デ・プレ (1520)
- Tant que vivray (1528)
- La guerre — クレマン・ジャヌカン (1529)
- Le chant des oiseaux — クレマン・ジャヌカン (1529)
日本との関係
初めて聴くなら
入口は「Le chant des oiseaux — クレマン・ジャヌカン (1529)」。鳥の声を多声で描く楽しさがすぐ伝わる。続けて「La guerre — クレマン・ジャヌカン (1529)」で戦場描写の迫力を、「Mille regretz — ジョスカン・デ・プレ (1520)」でしっとりした別れの表現を聴くと幅が見える。
