レベティコ
20世紀前半のギリシャで都市の下層民の中から成立した歌謡。
どんな音か
ブズーキという長いネックの弦楽器が低音から這い上がるようにメロディを弾き、その上に歌い手が力の抜けた、しかし芯のある声をのせる。リズムは9拍子(ツィフテテリ)や8拍子(ハサピコ)が多く、西洋的な4拍子の枠には収まらない。録音が残る1920〜40年代のものは、室内で近距離に置いたマイクを通した籠もった音質で、歌い手の息づかいや弦をはじく爪の音まで聴こえる。歌詞は麻薬、刑務所、移民の悲哀、愛の喪失を直接的な言葉で描く。上品さよりも正直さを選ぶ姿勢が一貫している。
生まれた背景
レベティコの素地は19世紀末から20世紀初頭にかけて、スミルナ(現イズミル)やコンスタンティノープルのギリシャ系コミュニティにあった。1922年のギリシャ・トルコ戦争後、スミルナ大火と住民交換によって百万人単位のギリシャ人がアナトリアから追われ、ピレウスやアテネのスラム街に流入した。追放と貧困の中でマリファナ吸引所(テケデス)を拠点に根付いたのがレベティコで、当局は長らくこの音楽を「賤民文化」として取り締まった。マルコス・ヴァンヴァカリスの「Frangosyriani」(1935年)はその時代の核心にある録音のひとつだ。1950年代以降は演奏場所が合法化され、1970年代以降に「忘れられた都市の詩」として再評価が始まった。
聴きどころ
「Synnefiasmeni Kyriaki — Vassilis Tsitsanis (1948)」(曇りの日曜日)はレベティコの中でも特に録音状態が良く、ブズーキの音が粒立って聴こえる。まず楽器の音だけを追い、歌が入った瞬間にどう空間が変わるかを感じてほしい。歌い手が音をどう処理するかよりも、息の間、フレーズとフレーズの間の沈黙に注目すると、この音楽のリズムの引力がわかる。
代表アーティスト
- Markos Vamvakaris
- Vassilis Tsitsanis
- Sotiria Bellou
代表曲
- Misirlou (1927)
- Frangosyriani — Markos Vamvakaris (1935)
- Synnefiasmeni Kyriaki — Vassilis Tsitsanis (1948)
- Aman Aman — Sotiria Bellou (1950)
I Gerakina — Markos Vamvakaris (1936)
日本との関係
初めて聴くなら
「Frangosyriani — Markos Vamvakaris (1935)」は音質は古いが、ブズーキと歌声だけの編成で最も純粋な形が聴ける。次に「Synnefiasmeni Kyriaki — Vassilis Tsitsanis (1948)」へ。二曲を聴き比べると、10年間でいかにスタイルが変化したかがわかる。
