マオリ・ワイアタ
ニュージーランド先住民マオリの歌の伝統。
まずはここから
ひとことで言うとニュージーランド先住民マオリの歌の伝統。
まずはこの曲からMoana Maniapoto — Pokarekare Ana ▶ YouTube
代表的な人Hirini Melbourne
どんな音か
聴きどころ
モテアテア(伝統詠唱)を聴くとき、旋律の上下ではなく、母音の伸縮に耳を澄ませてほしい。「Aotearoa」(白い長い雲の国=NZの伝統呼称)を歌うとき、「A-o-te-a-ro-a」の最初のAが3秒近く伸びることもあり、この母音の呼吸が本来のワイアタの時間感覚だ。ワイアタ・ポイの場合、女性歌手が回すポイ(手芸で編んだ紐付き球)の音がタンバリンのように演奏に加わり、視覚的にも音楽的にも独特の質感を生む。Hirini Melbourne(1949-2003、伝統楽器復活の中心人物)の『Ha Wairua』は伝統的な骨笛(ラウレモコ)を使った復元録音で、20世紀後半に途絶えかけた楽器伝統の音を体感できる。
初めて聴くなら
入り口はKīngi Īhaka卿指揮の『Pōkarekare Ana』の伝統合唱版、あるいはMoana & The Tribe(Moana Maniapoto)の『Ancestors』アルバム。Whirimako Blackの『Whirimako Sings...』は伝統詠唱の現代盤として最も明快な入り口だ。Hirini Melbourne + Richard Nunns『Te Ku Te Whe』(1994)は伝統楽器の復元録音で、途絶えかけた楽器音を体感できる。夜、あるいは早朝、静かな場所で聴くのが向いている。
代表アーティスト
- Hirini Melbourne
- Moana Maniapoto
代表曲
- Moana Maniapoto — Pokarekare Ana (1998)
生まれた背景
マオリの祖先は14世紀頃、ポリネシア(主にタヒチ、クック諸島)から双胴独木舟(ワカ・フーロア)で7つの氏族(ワカ)がニュージーランドに到達した口承がある。1840年のWaitangi条約以降、英植民地下でマオリ語は学校教育から段階的に排除され、20世紀前半には話者が半減した。
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1970年代のマオリ・ルネサンス(マオリ語運動、文化復興運動)以降、政府政策としてのマオリ語振興(1987年Māori Language Act、1990年以降のマオリ語テレビ局)がワイアタ・トラディションの復権を制度的に支えた。決定的な出来事は1972年のマオリ語復権のための請願書提出と、1975年のマオリ土地行進で、これらを機に伝統歌がPublic Sphereに戻ってきた。
音楽的特徴の詳細
楽器声、プトルゥ(伝統横笛)、コアウアウ(縦笛)、パハカ(打棒)
リズムワイアタ古典詠唱の自由律、ハカの強拍、儀礼的繰り返し
発展
1970年代からマオリ・ルネサンスが起こり、教育(コハンガ・レオ=幼児マオリ語園)とテレビでマオリ音楽が再評価された。ヒラリーニ・モフィット・ホエティラ・キリスティーン・カラ・テ・キハイ・ハミルトンらが継承を担い、Maisey Rikaら現代マオリ・ポップが世界に広まる。
出来事
- 13世紀: マオリのアオテアロア到達。
- 1840年: ワイタンギ条約。
- 1972年: マオリ言語週間制定。
- 1985年: コハンガ・レオ運動。
- 2017年: マオリ語週間が全国行事化。
派生・影響
現代ニュージーランド音楽(ヒップホップ・レゲエとの融合)、ポリネシア音楽連帯、ニュージーランド国家アイデンティティの中核を提供する。
日本との関係
豆知識
『Pōkarekare Ana』(揺れる波)はマオリ・ワイアタの中で最も広く知られた曲だが、実際の作者は不明で、1912年頃の第一次世界大戦期に東海岸の兵士たちの間で歌われ始めた比較的新しい歌だ。この曲は1990年代以降、NZ航空のCMや、韓国映画『チェイサー』のサウンドトラックにも使われ、東アジアでも知名度が高い。
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マオリ舞踊カパ・ハカの全国大会Te Matatiniは1972年から開催され、いまや全国から40組以上のグループが出場し、40万人以上の観客を集めるNZ最大の文化イベントとなっている。ワイアタは学校教育でも必修化されており、NZの一般人でも基礎的なマオリ・ワイアタを歌える人は少なくない。
影響・派生で結ばれたジャンル
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