古典

マハーギーター

Mahagita

マンダレー / ミャンマー / 東南アジア · 1700年〜

ミャンマーの宮廷古典歌曲集成。

どんな音か

マハーギーターはミャンマーの弦楽器サウン・ガウ(弓形ハープ)を中心に歌い手と複数の管打楽器が加わる。サウン・ガウは13弦の弓形のハープで、その音は柔らかく残響が短い。歌い手はミャンマー語の詩を節回しをつけて朗唱し、一音節を長く引き延ばすことがある。旋律のテンポは遅めで、感情の色を表すためにオーナマン(装飾音)が多用される。宮廷での演奏を前提とした音楽なので、音量は控えめで、強い打撃音はない。曲全体として、聴衆が静かに集中して聴く状況を想定した内省的な音楽。

生まれた背景

コンバウン朝(1752〜1885年)の宮廷で体系化された古典歌曲集成で、ミャンマー最後の王朝の文化的遺産のひとつ。この時期、宮廷は詩人、音楽家、舞踊家を抱え、タイインドの影響を受けながらも独自の様式を作り上げた。1885年にイギリスに植民地化されて王朝が滅びると宮廷音楽の公的支援が消え、以後は音楽家の家系が師弟関係で伝承してきた。「マハーギーター」とはビルマ語で「偉大な歌の書」を意味し、数百曲を収録した楽曲集成の名前でもある。

聴きどころ

サウン・ガウの音の出かたは現代の弦楽器とは異なる。弦を弾くと音がすぐに減衰するため、旋律は音と音の「間」が多い。その静寂を埋めるように歌い手の声が入り、また沈黙が来る。この交互の構造が、ミャンマーの宮廷空間の静けさを音楽に刻んでいる。「マハーギーター Saung Solo」を聴く際は、旋律の輪郭より音の質感に集中してほしい。

発展

20世紀には西洋音楽教育の影響でサウン・ガウク奏者が減少したが、ウ・バー・タンらマスターによって伝承が維持された。改革開放後は若手奏者が国際的に活躍する。

出来事

  • 9世紀: ピィュー期の宮廷ハープ。
  • 1853年: ミンドン王治世でマハーギーター集成。
  • 1885年: 英領ビルマ化で宮廷文化終焉。
  • 1948年: 独立後の文化保存運動。
  • 2010年代: 若手サウン奏者の国際進出。

派生・影響

ミャンマー宮廷舞踊の伴奏、現代ミャンマー古典音楽教育の中核、東南アジア宮廷音楽群(タイ・ピーパート、カンボジア・ピンプアット)との比較対象。

音楽的特徴

楽器サウン・ガウク(アーチハープ)、声、パタラ(木琴)、フネー(時に)

リズム宮廷洗練の自由律、装飾的母音引き伸ばし、仏教詩・歴史詩

代表曲

日本との関係

ミャンマーとの文化交流は2010年代の民主化以降少しずつ広がっていたが、2021年の軍事クーデター以降は難民支援・人権問題の文脈でミャンマーへの関心が高まる一方、音楽文化が紹介される機会は限られている。サウン・ガウは希少な楽器として民族音楽研究者には知られているが、一般的なリスナーへの浸透はほぼない。

初めて聴くなら

マハーギーター Saung Solo」はサウン・ガウと歌い手だけのシンプルな構成から入れる記録がある。ミャンマー国立文化局やユネスコが保存するフィールドレコーディングにアクセスできる場合は、そちらも参照してほしい。聴く環境は静かな場所で。音量が小さいので、そのまま聴こえる音量に合わせることで曲のダイナミクスが自然に伝わる。

豆知識

サウン・ガウはミャンマーの国章にも描かれており、国民的なシンボルとして扱われている。その形状は古代インドの弓形ハープ(ヴィーナの前身)の流れをくみ、東南アジアではミャンマーだけに残る。コンバウン朝の宮廷では音楽家は特定の家系が世襲し、楽曲の解釈と技術は弟子への口伝で引き継がれた。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1100年代1700年代マハーギーターマハーギーターサインワインサインワイン凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
マハーギーターを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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