ハシディズム・ニグン
東欧ハシディズム諸派が発達させた、歌詞のない神秘的な集団歌唱。
どんな音か
ニグン(niggun、または niggun)は歌詞を持たない歌だ。「ヤイ・ダイ・ダイ」「ヤビ・ヤビ・ヤビ」といった意味のない音節だけで旋律を歌い、テキストの意味を介さずに感情と祈りを直接表現する形式だ。音域は広くなく、旋律は繰り返しながら微妙に変化する。東ヨーロッパのユダヤ音楽(クレズマー)と共通する旋法(スケール)——短調的で、半音階の動きが独特の哀愁と昂揚感を作る——を使いながら、コンサートではなく礼拝と瞑想の場で歌われる。Shlomo Carlebachは20世紀にニグンを積極的にレコーディングし、英語圏でも広めた歌い手で、「Niggun Neshama」(1969)はその代表録音のひとつ。
生まれた背景
聴きどころ
最初の数分は「意味のない音節で何が伝わるのか」と戸惑うかもしれない。しかし繰り返しを追ううちに、旋律の「溜め」と「開放」のパターンが体に入ってくる。Shlomo Carlebachの歌は声に独特の温度感があり、即興的なフレーズの伸縮が聴き取れる。複数人で歌う録音(グループニグン)では、ハーモニーより「全員で同じ旋律を違うタイミングで歌う」カノン的な重なりが生じることがある。
発展
19世紀の各王朝で固有レパートリーが整備され、ハバードの第6代レベ・ヨセフ・イツハク・シュナーソン期に旋律集成が進んだ。第二次大戦のショアーで多くの伝承が失われたが、米ニューヨーク・イスラエル・アントワープ等のハシディック共同体で再生され、近年は『ハシディック・ポップ』としてアヴラハム・フリード、シュロイメ・ガーツェルらが大衆化した。
出来事
- 1760: バール・シェム・トヴ没、ハシディズム拡大
- 1880: ハバード・ハシディズムでニグン集成開始
- 1939-45: ホロコーストで東欧伝承大半消失
- 1990年代: アヴラハム・フリードらハシディック・ポップ世界化
派生・影響
現代ハシディック・ポップ、クレズマー、米国ユダヤ宗教音楽、近年のニッチな『ニグン即興』運動など多分野に発展。
音楽的特徴
楽器声(無伴奏ないしクレズマー楽器)、男声集団
リズム言葉なき音節、有節循環、加速、円陣身体運動
代表アーティスト
- Shlomo Carlebach
代表曲
- Niggun Neshama — Shlomo Carlebach (1969)
日本との関係
初めて聴くなら
Shlomo Carlebachの「Niggun Neshama」(1969)から始めるのが最も入りやすい。彼の歌い方は声に温かみがあり、宗教的な知識がなくても旋律の引力を感じやすい。静かな夜に、歌詞の意味を気にせず旋律だけを追う聴き方が合っている。
豆知識
ハシディズムの教義では、最も深い祈りは言葉を超えた「魂の叫び」だとされる。ニグンはそのための形式で、歌えない人でも「ヤイダイダイ」と口ずさむだけで礼拝に参加できる包摂性を持つ。一部のニグンは「レべが夢の中で受け取った旋律」として伝えられており、作曲者の概念が存在しないか、神から直接与えられたものとして扱われる。
