宗教・霊歌

ハイチ・ヴォドゥ音楽

Haitian Vodou Music

ポルトープランス / ハイチ / カリブ海 · 1700年〜

別名: Vodou / Voodoo

西アフリカ・フォン/エウェ宗教とハイチ革命を経て成立した、ヴォドゥ儀礼の音楽体系。

どんな音か

複雑なポリリズムの上に、歌が乗る。ドラム群(マムドゥ、セコンド、ボッダ)が各々異なるリズムパターンを重ね、一見混沌とした音響を作る。その中から、リード歌手の声が浮き上がり、コミュナルな叫びまたは呼びかけの形で、儀礼参加者を導く。楽器の音は乾いており、空洞感がある——ハイチの限られたリソースを反映している。テンポは激しくもあり、静けさをはさむこともあり、儀礼の段階によって変化する。

生まれた背景

17世紀から18世紀のハイチ島へのアフリカ人奴隷貿易により、西アフリカ(特にフォン・ヨルバ系民族)の宗教思想が移植された。奴隷制下では、アフリカ信仰は公式に禁止されたが、カトリック聖人に擬せたアフリカの神々(ロア)を同一視することで、秘密のうちに保存された。1791年のハイチ独立戦争は、ヴォドゥ儀礼の召集と精神的動員なくしてあり得ず、独立後のハイチ社会でヴォドゥは『民族信仰』として公認化された。その音楽は、治癒儀式、祖先祭祀、祝いの場で演奏される。

聴きどころ

ドラム群の各々が異なる時間軸を持ちながら、どこかで同期する瞬間の快感。歌い手の『アペル』(呼びかけ)と、群衆の『レスポンス』(応答)のやり取り。一見、秩序がないように聴こえるが、実は厳密な儀礼的ルールに従っている。Boukman Eksperyansの『Kalfou Danjere』では、現代的な楽器(エレキギター、キーボード)とドラムの伝統的パターンが共存する。

発展

19-20世紀のカトリック・米プロテスタントの抑圧期にも維持され、1987年憲法で宗教として正式承認された。1980年代以降、ブークマン・エクスペリアンス、ラム、ムタフカズ等のルーツ・ロックバンドがヴォドゥ・リズムをポピュラー音楽に持ち込み、世界的にも知られた。

出来事

  • 1791: ブワ・カイマンの儀礼、ハイチ革命の発端
  • 1804: ハイチ独立、ヴォドゥ社会的承認
  • 1986: ジャン=クロード・デュヴァリエ政権崩壊、宗教の自由化
  • 2003: ヴォドゥ、国家宗教として法的承認

派生・影響

ハイチ・コンパ、ルーツ・ロック(Mizik Rasin)、ニューオリンズの一部音楽伝統(コンゴ広場の太鼓由来)、近年のグローバル・エレクトロニカに広範な影響。

音楽的特徴

楽器ラダ三太鼓、ペテロ太鼓、アサソン(ガラガラ)、オゴン鉄器、声、合唱

リズムロア別リズム、コール&レスポンス、クレオール語、憑依儀礼

代表アーティスト

  • Boukman Eksperyansハイチ · 1978年〜

代表曲

日本との関係

日本ではヴォドゥそのものが『呪い・秘術』的な虚像で認識され、音楽文化としては理解されていない。映画やアニメでの『ゾンビ』表現に音楽が使われることはあるが、宗教的真摯さは全く伝わらない。

初めて聴くなら

Boukman Eksperyansのアルバム『Nég Kontré』(1997年)から、『Kalfou Danjere』。政治メッセージ(反政府、社会正義)と儀礼音楽が融合した現代的アプローチ。音そのものは初めてでも理解しやすい。その後、より伝統的な儀礼音楽の録音を聴くと、モダン化の層が見える。

豆知識

ヴォドゥ宗教は、ハイチの独立戦争の精神的枢軸だったため、アメリカ合衆国帝国主義やフランスの報復を恐れた指導層から一定の抑圧を受けた。冷戦期には、独裁者デュヴァリエ政権がヴォドゥ世界観(秘密警察『トントン・マクート』の恐怖支配)を政治的に利用したため、ヴォドゥ音楽・儀礼は『悪しき黒魔術』のイメージを強められてしまった。実際には、個人的・共同体的な癒しと精神的自立の伝統である。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1600年代1700年代1960年代ハイチ・ヴォドゥ音楽ハイチ・ヴォドゥ音楽ベナン・ヴォドゥン音楽ベナン・ヴォドゥン音楽レゲエレゲエ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
ハイチ・ヴォドゥ音楽を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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