ベナン・ヴォドゥン音楽
ベナン共和国・トーゴ南部のフォン/エウェ族のヴォドゥン宗教の儀礼音楽。ハイチ・ヴォドゥの源流。
どんな音か
ヴォドゥン儀礼の中で奏でられる打楽器群が、リズムではなく「階層」を作る。複数の太鼓が同時に異なるパターンを刻む中に、歌い手の声が透き通るように入ってくる。テンポは安定しているが揺れ幅が大きく、音と音の間に『息』がある。サンプリングされた録音には、屋外での儀式特有の風音や環境音が自然に混ざっている。
生まれた背景
ベナン南部・トーゴのフォン族およびエウェ族がヴォドゥン(vodun、スピリット信仰)の儀式を営む中で、数百年にわたって伝えられてきた音楽体系。西アフリカから大西洋奴隷貿易によってカリブ海へ運ばれた人々がハイチで『Vaudou』へと転化させたが、その源流はこのベナン・トーゴにある。20世紀後半、アンジェリック・キジョらの国際的な民族音楽活動によって、ようやく西側の耳に入るようになった。
聴きどころ
複数の太鼓がそれぞれ独立したリズムを担当しながら、全体としてひとつの祭儀空間を作り上げている。歌い手の声の張り方に注目すると、音量の大小ではなく『音の距離感』で聴き手を引き込んでいることに気づく。また、太鼓同士の『ずれ』が意図的に計算されており、その干渉音こそが神聖さを表現していると考えられている。
発展
20世紀植民地期・社会主義期(1972-89)を経て、1990年代の民主化以降ヴォドゥンは公式宗教として承認された。ウィダーの王立ポートでは毎年国際的祭祀が行われ、ガンガベ・ブラスバンドやアンジェリック・キジョらの世俗音楽にもヴォドゥン要素が引用される。
出来事
- 1700頃: ダホメ王国でヴォドゥン体系化
- 1894: フランス植民地化、宗教抑圧
- 1996: ベナン政府、1月10日を国民休日『ヴォドゥン祭』指定
派生・影響
ハイチ・ヴォドゥ、ニューオリンズ初期黒人音楽、現代ベナン・ポップ(キジョ等)、アフロビート・ナイジェリア音楽との交差点。
音楽的特徴
楽器アグウェ太鼓群、ササ、トハカン、ガンクイ鉄、声、合唱
リズム神別リズム、ポリリズム、コール&レスポンス、フォン語
代表アーティスト
- Angélique Kidjo
代表曲
- Agolo — Angélique Kidjo (1994)
日本との関係
日本での知名度は限定的。民族音楽やワールドミュージック・フェスティバルの愛好家層には認識されているが、大衆的な流行にはならなかった。ただし、冨田勲らの『東アフリカ音楽体験プロジェクト』の周辺で、アフロディアスポラ音楽への学術的関心が深まった時期がある。
初めて聴くなら
アンジェリック・キジョの『Agolo』(1994)。キジョは西アフリカの儀式音楽とクラシック声楽を融合させた唯一無二の歌い手で、この曲は静寂の中でヴォドゥン的な祈りの声が立ち上がっていく。夜の仕事部屋で聴くと、集中力が深まる。
