エレクトロニック

クペ・デカレ

Coupé-Décalé

パリ/アビジャン / コートジボワール/フランス / 西アフリカ · 2003年〜

2000年代初頭のパリ・コートジボワール人ナイトクラブで生まれ、踊って稼いで散財するライフスタイルを称揚するアフロ・エレクトロ・ダンス音楽。

どんな音か

クペ・デカレの音は、細かく刻まれたハイハットと硬い電子キックが床から跳ね上がるダンスミュージックだ。BPMは130前後で、単純なループが繰り返されるなかに突然クラウドを煽る声のサンプルが差し込まれる。ベースは重く丸く、中低域を押し上げてくる。歌やラップはフランス語とノウチ語(コートジボワールのアルゴー)で、「稼いで、踊って、バラまけ」という享楽的な内容が多い。DJが演出する「ブリエ」(紙幣を撒く)は、パリのナイトクラブでこの音楽と一体化した儀式として有名になった。DJ Arafatの曲は特にボーカルのカリスマが強く、パーカッション的に使われた声の反復がトランス的な高揚を生む。

生まれた背景

クペ・デカレは2002〜2003年、パリのコートジボワール人ナイトクラブ文化から誕生した。コートジボワールは2002年に内戦が始まり、多くのエリート層がパリに流れていた。Douk Sagaを中心にした若者グループ「La Jet Set」が、パリのクラブで派手に踊りながら紙幣を撒くパフォーマンスを演じ、それが動画でアビジャンに逆輸入された。「クペ」は「だます」、「デカレ」は「ずらす」という意味のノウチ語で、「うまく立ち回る」というニュアンスが込められている。Douk Sagaの死後(2006年)、DJ Arafatが引き継いで2010年代まで人気を保ったが、Arafatも2019年のバイク事故で29歳で亡くなった。

聴きどころ

Douk Sagaの『Sagacite』(2003年)では、オープニングから続くドラムパターンのシンプルさと反復の力を確認してほしい。曲の構造よりもグルーヴへの没入が目的で、「どこかで変化するか」より「どこまで続くか」を身体で感じる音楽だ。DJ Arafatの『Moto Moto』(2014年)では声の使い方が楽器的になっており、フランス語のライム(韻)とリズムの関係が聴き取れる。

発展

2005~2010年代にかけてDJアラフェやセルジュ・ボーグレらがイヴォアール本国に逆輸入し、毎週新ダンスステップが提唱される消費の速いシーンへ成長した。アフロ・ハウスやアマピアノとの交差が進み、現在も仏語圏アフリカのクラブ・ダンスの中心ジャンルである。

出来事

  • 2002: コートジボワール内戦勃発
  • 2003: パリのナイトクラブでスタイル成立
  • 2005: ダグラスがアビジャンで凱旋公演
  • 2010s: 毎月ダンスチャレンジが更新

派生・影響

ンドンボロ、ロゴベ、アフロ・ハウス、フレンチ・エレクトロと交差。

音楽的特徴

楽器ドラムマシン、シンセ、サンプラー、声

リズム高速130~150 BPM、キャッチフレーズ反復、ダンスステップ命名

代表アーティスト

  • Douk Sagaコートジボワール · 2002年〜2006
  • DJ Arafatコートジボワール · 2003年〜2019

代表曲

日本との関係

日本ではほとんど知られていない。西アフリカ系ナイトクラブ文化が根付く場所が日本にはなく、アフロ・エレクトロ全体への関心もまだ限られている。アフリカ音楽のマニアやDJシーンのごく一部で参照される程度。

初めて聴くなら

Douk Sagaの『Sagacite』(2003年)から聴き始める。音量を上げて聴くこと。スピーカー越しに低音が伝わる環境のほうが、踊ることを前提にした音の設計が体感できる。次にDJ Arafatの『Bingo』(2010年)へ。よりポップな構成で、クペ・デカレの2010年代的な洗練が現れている。

豆知識

Douk Sagaがパリのクラブで始めた「紙幣を撒く」パフォーマンスは、西アフリカのグリオ(吟遊詩人)文化で有力者が芸人に褒美を与える慣習の都市的な変形とも言われる。クペ・デカレは当初コートジボワールのインテリ層から「内戦中に浮かれた音楽」として批判を受けたが、その批判も込みで国民的なポップ・アイコンになった。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1990年代2000年代クペ・デカレクペ・デカレズーグルズーグル凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
クペ・デカレを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

クペ・デカレ の系譜全体図(多段)を見る

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