ワスル
マリ南部ワスル地方の女性歌手たちが牽引する、狩人歌と憑依儀礼に由来するモダンな民族音楽。
どんな音か
エレキギター、ンゴニ(小型弦楽器)、ドゥンドゥンバ(大型太鼓)が組み合わさり、ゆったりとしたグルーヴの上に女性ボーカルが乗る。歌い手の声は高く、時に素朴な力強さを帯びており、西アフリカの他のジャンルに比べて装飾音が少なく直球に伝わってくる。Oumou Sangaréのボーカルはその代表で、一本の線として突き刺さるような直接性がある。歌詞はワスル地方の女性の立場——強制結婚への抵抗、離婚の権利、農村女性の労働——を正面から語るものが多く、「ソシャルミュージック」としての色彩が強い。
生まれた背景
聴きどころ
Oumou Sangaréの「Moussolou」(1989年)では、歌い始める前の器楽イントロでンゴニの音を確認してほしい。弦の乾いた弾き音が、西アフリカの弦楽器固有の倍音を持っている。ボーカルが入ってからは、その真上にある歌が楽器の音をどう切り抜けて届いてくるかを感じるとよい。歌詞の内容が日本語訳でわかると、直接的な言葉のまっすぐさと音楽の温かさのギャップが際立つ。
発展
1989年のオウム・サンガレ『ムソルウ』がアフリカ圏でセンセーショナルな成功を収め、続いてラムシ・ディアバテ、ナハワ・ドゥンビアらが国際ワールドミュージックシーンで活躍。狩人音楽出身のカマレ・ンゴニ奏者ヤヤ・ディアラはエレキ奏法を整備し、現在のマリ・ポップの中核となった。
出来事
- 1985: コウンバ・シディベが国営ラジオで定期放送を獲得
- 1989: オウム・サンガレ『ムソルウ』発売
- 1992: オウム・サンガレが米ノンサッチから国際盤発売
- 2003: ラムシ・ディアバテ『Sankaba』
- 2017: オウム・サンガレ『Mogoya』で国際的再評価
派生・影響
マンディング系グリオ音楽、狩人音楽ドンソ、サヘル系ファンク、世界的なフェミニズム・アフリカ音楽の潮流に影響を与えた。
音楽的特徴
楽器カマレ・ンゴニ、ジャンベ、カラバッシュ、エレキギター、声
リズム12/8狩人リズム、女性主導のコール&レスポンス
代表アーティスト
- Oumou Sangaré
- Ramata Diakité
代表曲
- Moussolou — Oumou Sangaré (1989)
- Worotan — Oumou Sangaré (1996)
- Saa Magni — Oumou Sangaré (2001)
- Mogoya — Oumou Sangaré (2017)
Sankaba — Ramata Diakité (2003)
日本との関係
日本では1990年代のワールドミュージックブーム期にOumou Sangaréが紹介され、一部の音楽ファンには知られた。フジロックフェスティバルやワールドミュージック専門のイベントへの出演も報告されている。ただし一般的な知名度は高くなく、専門ショップで探さないと入手が難しかった時期もある。
初めて聴くなら
Oumou Sangaréの「Moussolou」(1989年)から始めるのが最良の入口。アルバム全体が30分強と短く、一枚通して聴くことができる。続けて「Worotan」(1996年)を聴くと、録音技術の向上とサウンドの洗練が対比できる。
豆知識
Oumou Sangaréはデビュー当初から「女性が夫を選ぶ権利」「一夫多妻制への批判」を歌詞に込め続けており、マリ国内の保守的なコミュニティから激しい批判を受けた。しかし彼女の主張は若い女性リスナーに支持され、農村部のコミュニティラジオでも盛んに流れた。ワスルの音楽は音だけではなく社会変化の媒体として機能した点で、アフリカポピュラー音楽史の中で特殊な位置を占めている。
