クルアーン朗誦(タジュウィード)
イスラム啓典クルアーンの規範的朗誦伝統。神学上は『音楽』ではなく啓示の音声化として位置付けられる。
どんな音か
単一のボーカリストが、アラビア語のクルアーン(イスラム啓典)を神学的規則(タジュウィード)に基づいて朗誦する。メロディは自由で、旋法的。音程の揺らぎと装飾音が豊富で、歌唱というより『音の変調』に近い。リズムはテキストの意味に従い、機械的ではない。歌詞は全てアラビア語で、その音韻的な美しさが重視される。楽器は一切使われず、純粋に人間の声だけ。神学上、これは『音楽』ではなく『啓示の音声化』とされている。
生まれた背景
クルアーン朗誦は、イスラム教成立時より実践されており、その歴史は 1400 年以上である。初期イスラム社会では、テキスト暗記と朗誦が知識伝承の中心だったため、優れた朗誦者は高い社会的地位を持っていた。20 世紀には、録音技術の発展により朗誦の録音が商業化され、国際的に流通するようになった。タジュウィード(朗誦規則)は神学的に確立され、各地でハーフィズ(暗記者)養成学校が設立されている。
聴きどころ
アラビア語の音韻的美しさ。朗誦者の声の質感と技巧。音程の揺らぎの精密さ。装飾音の量と配置。テキストの意味と、それに呼応する朗誦スタイルの変化。タジュウィード規則の厳密さ。
発展
7-8世紀に7つの正統な読誦法(キラーアート)が体系化され、エジプトでマカーム旋法を用いる装飾朗誦様式(ムジャウワド)が10-12世紀に発達した。20世紀のラジオ・カセット・衛星放送・インターネットを通じてエジプト系朗誦様式が世界標準化、近年はサウジ系のより簡素なムラッタル様式も並行的に普及している。
出来事
- 650頃: ウスマーン版クルアーン正典化
- 10世紀: イブン・ムジャーヒドが7つのキラーアートを確定
- 1932: カイロ版クルアーン印刷、世界標準化
- 1960年代: シャイフ・アブドゥル・バースィト・アブドゥル・サマド、ラジオで世界的影響
派生・影響
アラブ古典音楽のマカーム使用に深い影響を与え、ナシード・カッワーリー・スーフィー音楽など多くの宗教音楽伝統が朗誦の音響モデルに依拠する。
音楽的特徴
楽器独唱(無伴奏)
リズム自由リズム、タジュウィード規則、マカーム旋法、装飾的メリスマ
代表アーティスト
- Abdul Basit Abdul Samad
- Mishary Rashid Alafasy
代表曲
Surah Al-Fatiha (Murattal) — Mishary Rashid Alafasy
Surah Ar-Rahman (Mujawwad) — Abdul Basit Abdul Samad (1970)
日本との関係
初めて聴くなら
Mishary Rashid Alafasy『Surah Al-Fatiha (Murattal)』。クルアーン朗誦の入門としての最適な選択。最初のスーラ(章)で、朗誦規則が明確に聞こえる。より装飾的なスタイルを求めるなら、Abdul Basit Abdul Samad『Surah Ar-Rahman (Mujawwad)』(1970)。20 世紀のクルアーン朗誦の最高峰の一つ。
豆知識
Abdul Basit Abdul Samad は 20 世紀のクルアーン朗誦の最高の巨匠で、彼の録音は世界的に流通し、数百万のイスラム信仰者に聴かれている。Mishary Rashid Alafasy は現代のスター朗誦者で、彼の『Surah Al-Fatiha』はスマートフォンのアラーム音として多く使われている。クルアーン朗誦は『音楽』の範疇外とされながらも、それが持つ音楽的複雑さは古典音楽に匹敵する。
