マラベンタ
1950年代モザンビーク・マプトの郊外で生まれた、廉価ギターと太鼓を中心とした底抜けに踊れる都市音楽。
どんな音か
生まれた背景
1950年代、当時ロレンソ・マルケスと呼ばれたマプトの郊外で発展した。農村のリズム、都市の労働者文化、ポルトガル植民地支配下の混成的な音楽環境が背景にある。名前は弦が切れるほど激しく弾くことに関係するとされ、廉価なギターを使った都市の若者音楽として広がった。
聴きどころ
ギターの細かな刻みと、歌の明るい返しを聴く。重い低音で押すより、軽く弾むグルーヴが中心だ。曲には踊りの即効性があり、短いフレーズが反復されるうちに身体が動き出す。音の素朴さを味わうと魅力が見える。
発展
1975年独立後にディラ・オーケストラ・マラベンタ・スター・ド・モザンビークが国民音楽として制度化され、ファニー・ンファル、エリアス・デ・ヌフト、マブルク・モモードらが世代を更新した。内戦時代に多くが亡命したが、和平後の1990年代に復活した。
出来事
- 1955: マファラーラの広場ダンス成立
- 1975: モザンビーク独立とオーケストラ国営化
- 1990: 内戦終結後の復興
- 2008: ユネスコがモザンビーク無形文化遺産候補にリスト化
派生・影響
マラビ、クウェラ、ファド、後のパンザに影響。
音楽的特徴
楽器エレキギター、コンガ、トンバ、アコーディオン、声
リズム速い2/4、2和音循環、コール&レスポンス
代表アーティスト
- Fany Pfumo
代表曲
Marrabenta — Fany Pfumo (1955)
Loko Ni Kufa — Fany Pfumo (1960)
Loko Niyaka Pelele — Fany Pfumo (1965)
Niketche — Fany Pfumo (1965)
Madala — Fany Pfumo (1970)
日本との関係
初めて聴くなら
入口は「マラベンタ — Fany Pfumo (1955)」。ジャンル名を冠した基本的な感触が分かる。歌の親しみやすさは「Loko Niyaka Pelele — Fany Pfumo (1965)」。リズムの楽しさは「Niketche — Fany Pfumo (1965)」もよい。
