伝統・民族

ドンダン・サヤン

Dondang Sayang

マラッカ / マレーシア / 東南アジア · 1600年〜

マレーシア・マラッカ州のクリオール詩歌交歓伝統。

どんな音か

ドンダン・サヤンの音は静かで、遅い。マレーシアのマラッカで発展したこのジャンルは、ヴァイオリン(西洋楽器が移入されたもの)、ゴング、アコーディオン、太鼓(ゲンダン)が細かいリズムを刻むなか、歌い手が「パントゥン」と呼ばれる4行詩を即興的に歌う。歌詞は比喩に富み、前半の2行が自然の描写で、後半の2行が感情や哲学的な内容を暗示する「ずらし」の構造になっている。声は装飾音を多用し、即興で変化するため、同じ曲の繰り返しでも毎回少し違う。男女間の詩の掛け合いがこのジャンルの本来の形で、恋や人生を言葉で競い合う一種の知的なゲームでもある。

生まれた背景

ドンダン・サヤンはマラッカのプラナカン(中国系・マレー系・インド系が混交した土着クリオール文化)から生まれたとされ、発展した時期は16〜17世紀以降と考えられているが、確かな記録は18世紀以降に限られる。「ドンダン」は「揺れる・揺さぶる」、「サヤン」は「愛・かわいい」を意味するマレー語で、恋の揺れを表したという説がある。20世紀後半には人口の都市集中と娯楽の多様化によって演じる機会が激減し、現在は文化保存プロジェクトや観光イベントで維持されている状況が続く。2010年にユネスコ無形文化遺産に登録され、マレーシア国内での再評価が続いている。

聴きどころ

パントゥンの構造(自然描写から感情への転換)を意識して歌詞を追うと、詩の「ずらし」の面白さがわかる。マレー語がわからなくても、歌い手の声が前半と後半で微妙にトーンが変わることがある。ゴングの一定の拍とヴァイオリンの旋律が「会話」するような関係も注目できる。

発展

20世紀後半に都市化で衰退の危機に瀕したが、マラッカ州政府の文化政策で保護され、2018年にユネスコ無形文化遺産登録された。観光プログラムとしても演じられている。

出来事

  • 16世紀: マラッカ多文化都市での起源。
  • 19世紀: マレー語パントゥン文化と結合。
  • 1990年代: 都市化で衰退の危機。
  • 2012年: マラッカ州無形文化財指定。
  • 2018年: ユネスコ無形文化遺産代表一覧表に登録。

派生・影響

マレーシア・プラナカン華人音楽、ポルトガル・クリスタン文化、シンガポール・マレー伝統音楽との連続性を持つ。

音楽的特徴

楽器ヴァイオリン、ルバナ、ゴング、アコーディオン、声

リズム緩やかな2拍・4拍、パントゥン(四行詩)応答、即興的問答

代表曲

  • Dondang Sayang Asli (2000)

日本との関係

マレーシアの伝統音楽として日本に紹介されることは非常に少なく、東南アジア音楽を専門とする研究者や民族音楽学の学生の間でのみ知られている。観光でマラッカを訪れた日本人が偶然触れる機会はあるかもしれないが、音楽として意識されることは稀だ。

初めて聴くなら

ドンダン・サヤン Asli」として記録された伝統的な音源から入るのが最初の一歩。録音の質は古めかしい場合が多いが、それが音楽の親密な空気感と合っている。パントゥンの掛け合いが収録されている録音があれば、対話の構造を観察しながら聴くとこのジャンルの本来の姿が見えてくる。

豆知識

プラナカン文化では、ドンダン・サヤンは婚礼の宴会で新郎新婦を祝う場面で演じられることが多かった。詩の掛け合いで「言い負かす」ことが名誉とされ、即興力と文学的な教養を持つ歌い手が社会的に尊重されていた。「パントゥン」の詩型は後にマレー詩の標準形式となり、東南アジア各地の詩文化にも影響を与えた。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1600年代1700年代ドンダン・サヤンドンダン・サヤンアスリ・イナンアスリ・イナン凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
ドンダン・サヤンを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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