クレタ・リラ音楽
クレタ島の3弦擦弦楽器Lyra中心の音楽。
どんな音か
クレタ・リラの音は金属的な鋭さと木の温かさが同居している。3本の弦を松脂をつけた弓で擦る擦弦楽器で、演奏者は縦に構えた楽器を膝の上に立て、弓を下から弦に当てる。西洋のヴァイオリンよりも音域が狭く、音色は鼻にかかったような細さがある。伴奏にはラウート(クレタ型リュート)かギターが加わり、リズムの骨格を作る。クレタの伝統的な歌は「マンティナーデス」と呼ばれる即興的な15音節の詩で、演奏者は詩の応答をしながらリラを弾く。Nikos Xylourisの演奏は特に荒々しい情感があり、Psarantonisのリラは微分音的な揺れが強く、西洋的な音程から外れる瞬間に島の音楽の核がある。
生まれた背景
クレタ島は地中海の中継点として、ビザンチン・オスマン・ヴェネツィアなど複数の文化圏が交差し続けてきた。クレタ・リラの起源は中世ビザンチンの擦弦楽器に遡るとされ、オスマン支配期(1669〜1898年)を通じても農村共同体の祭りや婚礼で使われ続けた。20世紀に入るとアテネや都市への移住によって一度は衰退の危機を迎えたが、1960〜70年代にNikos Xylouris(1936〜1980年)が都市的なレコーディングでクレタ音楽を国民的に広め、Psarantonis(1942年生まれ)がより伝統的・霊的なアプローチで継承した。アイルランドのミュージシャンRoss Dalyはクレタに移住してリラを修得し、現地の伝統と地中海音楽全体を繋ぐ役割を果たしている。
聴きどころ
Nikos Xylourisの『Filedem』(1972年)では、リラのメロディラインが「歌う」感覚と「泣く」感覚の間を行き来する様子を聴く。ラウートのリズムは単純に見えて、マンティナーデスの詩の区切りに合わせて微妙に間を外す部分がある。Psarantonisの『Erotokritos』(1991年)は17世紀の長大な愛の叙事詩を題材にした曲で、マイク越しでも演奏の激しさと祈りのような集中が伝わってくる。
発展
20世紀後半Nikos Xylouris、Psarantonisら兄弟が国際化。Ross Daly等外国人奏者も参入。Vasilis Skoulasら現代世代が活発に継承。
出来事
- 1971: Nikos Xylouris全盛
- 1980s: Ross Dalyクレタ移住
- 1990s: Psarantonis国際進出
派生・影響
ギリシャNeo-Folk、World Musicへの影響。
音楽的特徴
楽器Cretan Lyra(3弦擦弦)、Laouto、Askomandoura、声
リズムPentozali(2/4)、Sousta(2/4)、Syrtos(2/4)
代表アーティスト
- Nikos Xylouris
- Psarantonis
- Ross Daly
代表曲
- Filedem — Nikos Xylouris (1972)
- Erotokritos — Psarantonis (1991)
日本との関係
初めて聴くなら
Nikos Xylourisの『Filedem』(1972年)を最初に聴く。リラの音色に慣れるまで2〜3回繰り返すと、旋律の輪郭が聴き取れるようになってくる。続けてPsarantonisの『Erotokritos』(1991年)へ進むと、同じ楽器がまったく異なる精神性で演奏されることがわかる。どちらも昼よりも夜か夕暮れに聴くほうが、音楽の持つ内省的な雰囲気が引き立つ。
豆知識
クレタ島のリラ奏者は演奏中に即興詩(マンティナーデス)を歌いながら他の奏者と「詩の掛け合い」をする文化があり、音楽とポエトリーが分離していない。Nikos Xylourisの兄弟はギリシャの映画監督コスタ=ガヴラスの作品と縁が深く、彼の音楽はギリシャ政治と抵抗の象徴としても語られた。
