宗教・霊歌

コプト聖歌

Coptic Chant

アレクサンドリア / エジプト / 北アフリカ · 100年〜

エジプトのコプト正教会で伝承される古代エジプト・ギリシャ起源を持つキリスト教典礼歌。

どんな音か

ゲエズ語(古代アラビア語とアムハラ語の要素が混ざった言語)で唱えられる旋律は、西洋の調性音楽ではなく、古代ギリシャ理論に基づく7つのモードが組み合わされている。音程は『階段状』ではなく『スライド』に近く、子音の息の引き出し方が楽器のように機能する。唱者は複数いることが多く、前唱者が節を立てると、後唱者たちが低い音域で同調する『カノン的』な構造。

生まれた背景

エジプトのコプト正教会は、4世紀のニカイア公会議から分裂した東方正教会の一派で、エジプト・スーダン地域で1600年以上にわたって信仰を守ってきた。典礼聖歌(リトゥルギアのメズマル)の旋律は、古代エジプト・ギリシャ・初期キリスト教が交差した時代のものであり、現在も暗譜で引き継がれている。1990年代以降、音声記録化の試みが進み、David Ensembleらによる国際的な発信が始まった。

聴きどころ

ゲエズ語の音韻構造(特に咽頭音の)が、旋律の起伏と厳密に対応している。西洋の耳には『不安定』に聞こえる音程も、実は言語音韻学的には『安定』している。複数の奏者による層の作り方に注目すると、『音が上下する』のではなく『音が空間内に配置される』という感覚を持つ。

発展

イスラム期(7世紀以降)もコプト共同体内で口承により保存され、長く記譜化されないまま伝承された。20世紀初頭のラーガブ・モフタール、ラギブ・モウィーらによりカイロのコプト・クレリカル研究所で初めて記譜・録音され、近年は学術的整備が進んでいる。教皇シェヌーダ3世期(1971-2012)以降の宗派覚醒運動の中で世界に広まった。

出来事

  • 451: カルケドン公会議、コプト教会分離
  • 7世紀: イスラム征服後も典礼継承
  • 1893: コプト・クレリカル・カレッジ設立、聖歌教育体系化
  • 1976: ラギブ・モウィー、聖歌全集の楽譜出版

派生・影響

エチオピア正教会聖歌(ゼーマー)に教義・典礼を通じて影響を与え、エジプト民俗音楽との相互浸透も指摘される。

音楽的特徴

楽器男声斉唱、シンバル(ナーグース)、三角鉄

リズム自由リズム、長大なメリスマ、コプト語、独自旋法

代表アーティスト

  • David Ensembleエジプト · 1975年〜

代表曲

日本との関係

エジプトエチオピアといった東北アフリカの宗教音楽は、日本では限定的な学術的関心にとどまっている。ただ、1980年代のNHK『地球デジタル百科』や、民族音楽の系統的な紹介番組が放映されていた時期に、キリスト教典礼音楽の『多様性』を示す例として引用されたことがある。

初めて聴くなら

David Ensembleによる『Coptic Liturgy of St. Basil』。聖堂での実況録音が望ましいが、スタジオ版でも十分に『建築空間の音響』が感じられる。深夜、家を静かにして聴くと、集団で祈る人々の呼吸音そのものが音楽化している様子に気づく。

豆知識

コプト聖歌は、イスラム支配下のエジプトで何度も『禁止令』に遭いながら、信仰共同体が口頭伝承で守り続けた。20世紀末、教皇シェノーダ3世の指導のもとで楽譜化・音声記録化が進められた。つまり、この音楽は『書かれていない音楽の抵抗史』でもある。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図100年代350年代コプト聖歌コプト聖歌エチオピア聖歌エチオピア聖歌凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
コプト聖歌を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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