古典
カー・チュー
Ca Trù
ハノイ・フエ / ベトナム / 東南アジア · 1100年〜
ベトナム北部・中部の高度に洗練された室内歌曲伝統。
どんな音か
カー・チューの演奏は三人で成立する。ダン・ダーイ(3弦の撥弦楽器)を弾く男性演奏者、小型の太鼓トロン・チャウを叩く女性歌い手、そして拍子木トロン・チャウを打つ客(もとは観客が審査する役割を持っていた)。女性の声はすべてを正確に歌うのではなく、詩の言葉をリズムと音程の間で微妙に揺らす。ベトナム語の声調言語の特性上、歌詞の旋律は声調の上下に強く影響される。ダン・ダーイの音は厚みがなく、金属的で細い——それがかえって声の輪郭を浮かび上がらせる。室内で、少人数のために演奏されることを前提とした音楽で、大音量を意図していない。
生まれた背景
カー・チューは少なくとも10世紀以降に北部ベトナムで発展したと見られている(諸説あり)。科挙の文人文化と結びついており、漢詩をベトナム語に翻案した詩形「ハット・ノイ」がカー・チューの中心的な詩形の一つだ。演奏は宮廷や学者の邸宅、寺社の祭礼などで行われ、歌い手は高度な訓練を受けた女性だった。フランス植民地時代(19世紀末〜1954年)に衰退し、その後ベトナム戦争を経て担い手が極端に減少した。1970年代以降に復興運動が起き、2009年にユネスコの緊急保護無形文化遺産に登録された。
聴きどころ
「Hồng Hồng Tuyết Tuyết(ホン・ホン・トゥエット・トゥエット)」は知名度の高いカー・チューの曲で、フランス植民地時代の詩人グエン・コン・チュアンが書いたとされる。まずダン・ダーイの音の細さと乾いた感触を確認する。次に歌い手の声がどのタイミングでダン・ダーイから離れ、独立して動くかを追う。拍子木の音(トロン・チャウ)が不規則なタイミングで入ることに気づいたら、それが音楽の流れをどう変えるかを感じ取ってほしい。
発展
20世紀前半までは廓町文化と結びついて栄えたが、1945年以降の社会主義文化政策で衰退の危機に瀕した。1990年代以降に復興運動が始まり、グェン・ファン・チャウ・ヴァン・グエン・ティ・チェルらが伝承を維持した。2009年に緊急保護が必要な無形文化遺産に登録された。
出来事
- 11世紀: 文献初出。
- 18世紀: 文人カー・チュー全盛期。
- 1945年: 革命後の衰退。
- 1995年: ハノイ・カー・チュー・クラブ結成。
- 2009年: ユネスコ「緊急保護を必要とする無形文化遺産一覧表」に登録。
派生・影響
ベトナム古典詩文学との一体化、現代ベトナム室内楽の素材、東アジア女性主導歌曲伝統(地歌・三曲との比較)を成す。
音楽的特徴
楽器声(女性)、パイ(拍板)、ダン・ダイ、トロン・チャウ
リズム緩慢で精緻な拍、漢文・チューノム詩、装飾的母音引き伸ばし
代表曲
Hồng Hồng Tuyết Tuyết (1995)
日本との関係
日本ではほぼ知られていない。ベトナム料理店が増えた2010年代以降、ベトナム文化への関心は高まったが、カー・チューのような古典音楽に辿り着く層は限られている。在日ベトナム人コミュニティの中でも、現代ポップスへの関心の方が大きい。
初めて聴くなら
「Hồng Hồng Tuyết Tuyết」の映像付き録音から入ることを勧める。演奏者の配置と楽器の見た目を確認してから聴くと、音の出どころがわかりやすい。ハノイの文廟(ヴァン・ミエウ)や博物館でのライブ公演の映像がYouTubeにあり、室内で少人数のために演奏される本来の文脈が感じ取れる。
豆知識
カー・チューの伝統では、客(聴衆)が演奏に対して拍子木で応答するという参加の形式があった。これは単なる拍手ではなく、「審査」に近い機能を持ち、演奏の巧拙を示すタイミングと叩き方に意味があった。つまり音楽を「受け取る」側にも技術が求められる形式だった。現代の復興活動ではこの「客の参加」をどう伝えるかが課題の一つとされている。
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