ブルガリア女声合唱
ブルガリアの不協和的女声多声合唱。
どんな音か
二人の女声が同じメロディーを歌っているように見えるが、注意して聴くと半音以下の微小な音程差(クラスター)で互いを押しのけ合っている。その不協和は不快というより、倍音が増幅されて空気が膨らむような独特の音響を作る。西洋の「きれいなハーモニー」とは真逆の方向を向いているが、その鋭さに耳が慣れると一種の鮮明さとして聴こえるようになる。リズムは非対称拍子(7/8、9/8、11/8など)が多く、西洋音楽的な均等な拍節とは異なる。装飾音は息継ぎなしに声の中から生まれ、歌い手の喉と体が楽器として機能している。
生まれた背景
ブルガリアの民俗音楽には長く豊かな合唱の伝統があった。これが国際的に知られるようになったのは、1952年にフィリップ・クテフが「フィリップ・クテフ民俗合唱団」を設立し、農村の民俗歌謡を舞台公演に移植したことによる。民俗旋律を保ちながら、多声部の編曲を加えた形式が「フィリップ・クテフ様式」として定着した。1975年頃から録音・配信されたアルバムがシリーズ化され、1986年にアメリカ合衆国のNonesuchレーベルから「ブルガリア女声合唱(ブルガリアの声の神秘)」としてリリースされると、世界中のリスナーを驚かせた。グラミー賞(ワールドミュージック部門)を受賞し、その不思議な音響は映画や広告にも使われた。
聴きどころ
「Polegnala e Todora」(ブルガリア女声合唱, 1986年)を最初に聴くなら、まず二声のどちらか一方だけを追う。旋律の輪郭はシンプルだが、もう一声が常に半音以下の距離で並走していることに気づくはずだ。次に両方を同時に聴いたときに、頭の中で音が「膨らむ」感覚があるかを確認する。Valya Balkanskの「Izlel E Delyu Haydutin」(1968年)はほぼ無伴奏の独唱で、同様の声の技術が一人でどれだけの音響を作れるかがよくわかる。
発展
1975年スイスMarcel CellierがLP『Le Mystère des Voix Bulgares』を出した。1987年にはGrammy受賞で国際的ヒット。1990年代以降世界各地で類似合唱団が結成された。
出来事
- 1952: Kutev国立合唱団結成
- 1975: Cellier録音公開
- 1987: Le Mystère II Grammy受賞
派生・影響
World Music産業、4ADレコードのアンビエント文脈に影響。
音楽的特徴
楽器声(無伴奏女声合唱)
リズム9/16、7/8等不規則拍、2度不協和音、開いた喉発声
代表アーティスト
- Filip Kutev
- Le Mystère des Voix Bulgares
- Valya Balkanska
代表曲
- Izlel E Delyu Haydutin — Valya Balkanska (1968)
Pilentse Pee — Le Mystère des Voix Bulgares (1975)
Pilentze Pee — Le Mystère des Voix Bulgares (1975)
Polegnala E Todora — Le Mystère des Voix Bulgares (1975)
Polegnala e Todora — Le Mystère des Voix Bulgares (1986)
日本との関係
初めて聴くなら
「Pilentse Pee」(ブルガリア女声合唱, 1975年)はアルバムの入口として最も整った録音。次に「Polegnala E Todora」で不協和の密度を確認する。Valya Balkanskの「Izlel E Delyu Haydutin」は最も入手しやすいブルガリア民俗音楽の一つで、1977年のボイジャー1号のゴールデンレコードに収録されたことでも知られる。夜、ヘッドフォンで音量を上げて聴くと、不協和の倍音がよく聴こえる。
豆知識
Valya Balkanskが歌う「Izlel E Delyu Haydutin」はNASAのボイジャー1号が地球外へ持ち出したゴールデンレコード(1977年)に収録された27曲の一つだ。このレコードは現在もボイジャー1号に搭載されて太陽系外を飛行中で、理論上、人類の音楽の中でも最も遠い場所にある録音の一つになっている。また、「ブルガリア女声合唱」をプロデュースしたマルセル・セルウェット=アレは元々は他のジャンルのプロデューサーで、ブルガリア民俗音楽との偶然の出会いがこのプロジェクトにつながったという(経緯の詳細は諸説あり)。
