スーダン民俗歌謡(アガーニー・アル=バナート)
ナイル・ヌビア・アラブ・サヘルが交錯するスーダンの結婚式・社会儀礼の歌で、特に女性が担う「娘たちの歌」が象徴的存在。
どんな音か
結婚式や割礼、出産など、人生の節目の儀礼を彩る歌。「アガーニー・アル=バナート」は直訳すると「娘たちの歌」で、演奏するのも聴くのも主に女性の場である。サウンドの中心にあるのは太鼓タールやダラブッカで刻まれる打拍と、高くよく通るソロボーカル。歌い手はアラビア語とヌビア語や地域方言を混ぜながら、花嫁や家族を称えたり、時に軽いからかいを混ぜたりする歌詞を即興的に乗せていく。メロディーは装飾音が多く、語尾をトリルのように揺らす奏法が特徴的。電化される以前は声と太鼓だけで成り立っていたが、20世紀後半からカシャ(金属製打楽器)やシンセが加わったバージョンも増えた。
生まれた背景
聴きどころ
太鼓のリズムパターンが先に確立してから歌が始まることが多い。最初の数小節でリズムの周期をつかんでから、ボーカルがそのリズムの上にどう乗るかを聴いてみる。歌い手が語尾をビブラートや装飾音で処理する場所と、短く切る場所の対比が際立っている。Hannan Bulu Buluの「Banat Sudan」では、合唱部分が返唱として入ってくるタイミングが、礼式の「呼びかけと応答」の構造を体感させてくれる。
発展
アンサーフ・マダニーが2010年代にカタール・ドーハから国際展開し、亡命中のスーダン女性歌手の象徴となった。2019年の市民革命でも女性の歌は街頭で重要な役割を果たし、世界的にニューズ価値を帯びた。アガーニー・アル=バナートは現代ヒップホップやR&Bともコラボレーションを始めている。
出来事
- 1956: スーダン独立、国営ラジオ放送開始
- 1989: バシール軍事クーデター、女性公演の制限始まる
- 2014: アンサーフ・マダニーがドーハで活動再開
- 2019: 民主化革命で女性歌手が街頭で歌う
派生・影響
ヌビア音楽、アラブ・ターラブ、マグレブ・シャアビ、サヘル太鼓と相互交渉し、現代スーダン・ポップの母体となった。
音楽的特徴
楽器ドゥマ、レク、ウード、手拍子、声
リズムアヤージュ歌唱、即興拍手、ベラディ系拍子
代表アーティスト
- Nada El-Galaa
- Hannan Bulu Bulu
- Anṣaf Madani
代表曲
Aghani al-Banat — Nada El-Galaa (1980)
Layali al-'Urs — Nada El-Galaa (1985)
Banat Sudan — Hannan Bulu Bulu (1990)
Ya Habib — Hannan Bulu Bulu (1995)
Khartoum Banat — Hannan Bulu Bulu (2000)
日本との関係
日本ではほとんど知られていないジャンルで、専門の音楽学者やアフリカ音楽の研究者を除いて触れる機会は少ない。アフリカ音楽専門のイベントや民族音楽のワークショップで紹介されることがある程度で、一般市場への流通はほぼない。
初めて聴くなら
Hannan Bulu Buluの「Banat Sudan」(1990年)から入るとよい。礼式的な場の熱気と太鼓のリズムが一体になった典型的な一曲で、歌の役割がよく伝わる。ゆっくり聴きたいなら「Ya Habib」(1995年)が幾分テンポを落としており、ボーカルの装飾音が聴き取りやすい。
豆知識
「アガーニー・アル=バナート」の演奏は伝統的に女性限定の空間で行われ、男性が立ち入ることを許されない儀礼も多かった。そのため録音資料が外部に出にくく、民族音楽研究者にとっても現地調査が難しいジャンルとして知られてきた。カルトゥームでは1990年代以降の政治的イスラーム化のなかで礼式歌謡への規制が議論され、一部の演奏スタイルが公的な場から退いた経緯もある。
