宗教・霊歌

セマ(メヴレヴィー旋舞)

Sema (Mevlevi Whirling Ceremony)

コンヤ / トルコ / 西アジア · 1250年〜

別名: Whirling Dervishes

13世紀ジャラール・アッディーン・ルーミーに由来する、メヴレヴィー教団の旋舞儀礼の音楽。

どんな音か

セマの音楽はネイ(葦の縦笛)の独奏から始まる。ネイの音は楽器というより呼吸に近く、葦が吹き込まれる息に従って鳴る。この独奏(タクシム)は即興で、旋律の方向は奏者の内側から決まる。その後ウード、ケマンチェ(擦弦楽器)、クドゥム(小太鼓)が加わり、「アイン」と呼ばれる旋律群が楽章ごとに異なる旋法(マカーム)で展開する。旋舞者はこの音楽に合わせて左足を軸に右回りに回転し続ける。音楽は旋舞者の回転速度に従うのではなく、音楽の流れが旋舞者を引き込む設計になっている。

生まれた背景

13世紀のコンヤ(現トルコ)で神秘主義詩人ジャラール・アッディーン・ルーミーが弟子たちとともに行った礼拝の実践が起源とされる。ルーミーの詩集「マスナヴィー」の詩句をペルシャ語で歌うことがセマの核で、音楽・詩・舞踊が切り離せない構造になっている。オスマン朝期に体系化され、スルタンの保護を受けた。1925年にトルコ共和国のケマル・アタテュルクによって宗教教団が禁止されると、メヴレヴィー教団のセマも公式には停止された。1950年代以降に文化遺産として復活が認められ、2008年にはユネスコの無形文化遺産に登録されている。

聴きどころ

クドゥシ・エルグネルによる「Mevlevi Ayin in Hicaz」では、ネイが最初に鳴り始める瞬間——ほとんど息だけの音から旋律が浮かび上がる過程——に集中してほしい。楽章が変わるたびにリズムパターンが変化し、後半になるほど拍の刻みが細かくなる。ヴォーカルが入る箇所では、アラビア語・ペルシャ語の詩句がどのように旋律化されているかが聴き取れる。

発展

オスマン宮廷との結びつきで古典音楽の最高水準のレパートリーを発展させ、ハマミザーデ・イスマイル・デデら作曲家が標準アーインを残した。1925年トルコ共和国による教団禁止後も非公式に存続、1953年以降観光・文化保存の文脈で公演が再開された。2008年ユネスコ無形文化遺産登録。

出来事

  • 1273: ルーミー没、息子スルターン・ヴェレドが教団組織化
  • 1925: トルコ共和国、スーフィー教団禁止令
  • 1953: コンヤでのセマ公演再開
  • 2008: ユネスコ無形文化遺産登録

派生・影響

トルコ古典音楽全体の発展を主導し、ネイ独奏伝統、近現代のニュー・エイジ系世界音楽(ムスタファ・オザール・テュレン、メルジャン・デデら)の素材源ともなった。

音楽的特徴

楽器ネイ、クドゥム、ラバーブ、ウード、男声合唱

リズムアーイン四楽章構成、トルコ・マカーム、複雑ウスル、旋回

代表アーティスト

  • Kudsi Ergunerトルコ · 1975年〜

代表曲

日本との関係

セマはトルコ文化としての認知度はあるが、音楽として日本で聴かれる機会は限られる。ルーミーの詩は伊藤武の訳書などで日本語でも読まれており、スーフィー哲学や瞑想への関心から音楽に入る経路が存在する。東京でまれに公演が行われることがある。

初めて聴くなら

クドゥシ・エルグネルの「Mevlevi Ayin in Hicaz」を映像付きで見ながら聴くのが最もわかりやすい。旋舞者の回転と音楽の関係が視覚的に確認でき、音楽単体では見えにくい構造が補完される。

豆知識

旋舞するデルヴィーシュ(修行者)の白い衣の裾が水平に広がるのは遠心力によるもので、正確な回転技術を要する。回転は何十分も続くことがあるが、倒れることなく続けるために訓練は何年にも及ぶ。ルーミーの詩「葦の嘆き」の最初の行「聴け、この葦の声を、どう分離の物語を語るか」は、ネイという楽器そのものを語り手として読むこともできる。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1250年代1300年代セマ(メヴレヴィー旋舞)セマ(メヴレヴィー旋舞)カッワーリーカッワーリー凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
セマ(メヴレヴィー旋舞)を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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