伝統・民族

ドイナ

Romanian Doina

ルーマニア / 東ヨーロッパ · 1700年〜

ルーマニアの自由拍即興抒情歌。

どんな音か

ドイナは楽譜に書けない音楽だ。決まったテンポはなく、歌い手または演奏者が息に従って音を引き伸ばし、縮め、ためる。旋律は一定の音階をたどりながらも、音と音の間に半音よりも細かい微分音的な滑りが入る。ゲオルゲ・ザンフィルのパンフルート(ナイ)によるドイナは、管の端から漏れる息の雑音さえも音楽の一部のように聴こえる。マリア・タナセの歌声は、泣いているのか笑っているのか判別しにくい感情の境界線を歩く。

生まれた背景

ドイナはワラキア、モルダヴィア、トランシルヴァニアにまたがるルーマニアの農村社会に伝わる抒情歌で、18世紀頃から記録がある。羊飼いが丘の上でひとりフルートを吹くイメージが典型的な文脈とされてきた。歌詞は故郷、別れ、移民の哀愁を扱う。「ドイナ」という言葉の語源はラテン語の「ドロル(dolor、痛み)」や、ダコ・ロマン語の語根との関係が論じられているが確定していない。20世紀初頭に民族音楽学者ベラ・バルトークがルーマニア農村で採譜・録音し、ヨーロッパに報告した記録がある。

聴きどころ

「Doina Oltului — Maria Tănase (1957)」では、歌い手が音節をどこで切り、どこで伸ばすかに集中する。そのタイミングの変化が「呼吸のリズム」と一致していることに気づくはずだ。「The Lonely Shepherd — Gheorghe Zamfir (1977)」(映画「バリントン」でも使われた)ではパンフルートの音量の変化が非常に微細で、大きなスピーカーより良質なヘッドフォンで聴くほうが体感が強い。

発展

Maria Tănase(1913-1963)が歌唱芸術として確立。Gheorghe Zamfirのナイ演奏で世界的に知られる。2009年ユネスコ無形文化遺産登録。

出来事

  • 1908: Bartók採譜開始
  • 1957: Tănase黄金期
  • 1972: Zamfir国際進出
  • 2009: ユネスコ無形文化遺産登録

派生・影響

Manele、Lăutari音楽、現代的Romani Music。

音楽的特徴

楽器ナイ(パンフルート)、ツァンバル、ヴァイオリン、声

リズム自由拍(parlando-rubato)、メリスマ装飾、半音階下降

代表アーティスト

  • Maria Tănaseルーマニア · 1934年〜1963
  • Gheorghe Zamfirルーマニア · 1968年〜
  • Taraf de Haïdouksルーマニア · 1991年〜

代表曲

日本との関係

「The Lonely Shepherd」は映画「キル・ビル vol.1」(2003年)でタランティーノが使用し、日本でも一定の知名度を得た。ただしその曲をドイナのジャンルとして認識している人は少ない。ルーマニア音楽として単独に注目されることはほぼない。

初めて聴くなら

「The Lonely Shepherd — Gheorghe Zamfir (1977)」は映像なしに聴いても音の求心力がある。この一曲でパンフルートという楽器の可能性を感じた後、「Doina Oltului — Maria Tănase (1957)」で声のバージョンへ進む。2曲の空気感のちがいがドイナの幅を示している。

豆知識

ゲオルゲ・ザンフィルのパンフルート演奏は「クアイ・パン(Quai Pan)」と呼ばれる特殊奏法を含み、音の出し方が通常のリコーダー類とは大きく異なる。マリア・タナセは1950年代のルーマニア共産主義政権下でも活動を続けたが、当局との関係は複雑で、録音の一部は長く封印されていた。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1700年代1990年代ドイナドイナマネレマネレ凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
ドイナを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

ドイナ の系譜全体図(多段)を見る

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