宗教・霊歌

古ローマ聖歌

Old Roman Chant

ローマ / イタリア / 南欧 · 700〜1200年

ローマ市内の教皇・教区教会で伝承されてきたラテン聖歌で、グレゴリオ聖歌とは異なる旋律体系を持つ。

どんな音か

単声(モノフォニー)のラテン語聖歌で、基本的には男声だけで歌われる。グレゴリオ聖歌と同じ「ネウマ」という記譜法の系統を持つが、旋律の輪郭は異なる——グレゴリオ聖歌がなめらかな弧を描くとすれば、古ローマ聖歌は装飾音が多く、音の動きがより折り重なっている。音量の強弱はほぼなく、礼拝空間の石の壁の反響に溶け込むような音量で歌われることを前提にしている。Ensemble オルガヌムの録音では古い礼拝堂で収録されており、反響が音楽の一部になっている。

生まれた背景

グレゴリオ聖歌が8〜9世紀のフランク王国でカロリング朝の政治的統一政策のもと「標準化」されていく過程で、ローマ市内の教皇庁教会や地区教会では独自の聖歌伝統が並行して保たれた。これが「古ローマ聖歌」で、現在確認できる主要な写本は12〜13世紀のものだ。聖歌そのものはそれ以前から口伝で受け継がれていた可能性が高い。13世紀以降はグレゴリオ聖歌が完全に優勢になり、古ローマ聖歌は実質的に使われなくなった。20世紀後半の古楽復元運動でEnsemble オルガヌムのマルセル・ペレスらが再演を試みた。

聴きどころ

Ensemble オルガヌムの「Chant Vieux-Romain」では、単独の声が長い音を引き延ばしながらゆっくりと旋律を進める。グレゴリオ聖歌と聴き比べると、同じ文脈の聖歌でも旋律の「折れ方」が違うことに気づく——グレゴリオのほうが直線的で、古ローマはより「回り道をする」旋律だ。礼拝堂の残響が自然のリバーブとして機能し、声が空間で広がっていく感覚は、楽器のない音楽の原始的な力を感じさせる。

発展

12世紀末に教皇庁聖歌隊もフランク=グレゴリオ系に切り替わり、13世紀以降は写本伝承も途絶した。20世紀の音楽学者ブルーノ・シュテーブラインらによる比較研究で、ローマ独自伝統として再評価され、現在は古楽演奏で部分的に復元されている。

出来事

  • 8世紀: ローマ・スコラ・カントルムでこの伝統が成熟
  • 1071: ローマ写本Vat. lat. 5319、現存最古の記譜資料
  • 1950頃: シュテーブラインが古ローマ聖歌の独自性を提唱

派生・影響

グレゴリオ聖歌成立過程を解明する鍵となる伝統であり、近年の演奏実践は中世音楽研究全体に新たな視座を与えた。

音楽的特徴

楽器男声斉唱(無伴奏)

リズム自由リズム、装飾的旋律、独自詩篇トーン

代表アーティスト

  • Ensemble Organumフランス · 1982年〜

代表曲

日本との関係

グレゴリオ聖歌自体が日本でも修道院コミュニティや一部の合唱団で歌われているが、古ローマ聖歌の演奏機会は日本では記録がほぼない。西洋中世音楽の研究者や古楽ファンの中でも専門性の高い分野で、一般への紹介は現在のところほぼ存在しない。

初めて聴くなら

Ensemble オルガヌムの「Chant Vieux-Romain」(2006年録音)を、ヘッドフォンよりも軽く音量を上げたスピーカーで空間に流す聴き方を勧める。音の意味より声が石の空間に溶けていく質感に集中できれば、この音楽の時代的な深みが感じやすい。

豆知識

なぜグレゴリオ聖歌が「グレゴリウス教皇に由来する」とされてきたかについては長年の論争があるが、現在の音楽学では古ローマ聖歌こそがフランク王国以前のローマ典礼の声楽を示す可能性が高いとされる。グレゴリオ聖歌はフランク人が「ローマ式」として改変・標準化したものという見方が有力で、「本物のローマ聖歌」は古ローマ聖歌の側にある、という逆転した見方が成立している。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図700年代750年代古ローマ聖歌古ローマ聖歌グレゴリオ聖歌グレゴリオ聖歌凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
古ローマ聖歌を中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

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