Tomasa del Realの「Tukky」(2017)では、デムボウのキックが一定のまま声のリズムがそれに乗るか外れるかをぎりぎりで揺れている——この緊張が商業レゲトンの「ノリやすさ」より先鋭的な感覚を生む。Bad Gyalの「Mercadona」(2017)ではスペイン語とカタルーニャ語が混在し、歌詞の速度がかなり速い——音の意味より声のテクスチャとして聴いてみると聴こえ方が変わる。
初めて聴くなら
Ms. Ninaの「Soy Una Lady」(2017)はネオペレオの態度と音の粗さが最もシンプルに出ている1曲で、3分以内に収まる。次にBad Gyalの「Mercadona」(2017)を聴くとスペイン語圏のクィアポップとの接点が見える。夜、ヘッドフォンより小型スピーカーで鳴らしたほうが「粗い録音の意図」が伝わる。
「perreo」はスペイン語で「犬のように踊る」を意味し、密着したグラインドダンスを指す俗語だ。Tomasa del Realは「ネオ」をつけることで既存のペレオへの批判的な位置づけを明確にした——商業レゲトンの「観客としての女性」像を、プロデューサーとして解体するという姿勢がジャンル名そのものに込められている。