巫楽(ムアク・グッ)
韓国シャマニズム(巫俗)儀礼グッで奏される音楽。神霊を呼び出し追放する儀礼の核。
どんな音か
チャングと呼ばれる砂時計型の両面太鼓、プク(桶胴太鼓)、ジン(銅鑼)、ナルバリ(小型シンバル)が中心の打楽器アンサンブルに、ヘグム(二弦胡弓)やピリ(縦笛)が旋律を添える。演奏は儀礼の段階に応じてテンポと密度が変わり、呼び出しの場面では比較的ゆっくりした太鼓の打ち込みが続き、神霊との交わりが高まる場面では打楽器が複雑に折り重なって激しさを増す。シャーマン(무당、巫堂)の歌声は西洋的な意味での「歌唱法」とは異なり、呼気を絞り出すような引っ張り、しゃがれた咳のような声変わりが儀礼状況を告げる。
生まれた背景
韓国のシャマニズム儀礼「グッ」は3000年以上の歴史があるとされ、巫楽はその中で神霊(神明)を特定の場所に降ろし、また送り返すための音楽的手段として機能してきた。地域ごとに様式が異なり、ソウル・京畿道の「서울 굿」と北部の「황해도 굿」では使う曲目(거리、コリ)の構成がまったく違う。朝鮮王朝時代は巫女(무당)が社会的に最下層に置かれていたが、儀礼需要は途絶えなかった。1970年代以降、韓国政府が重要無形文化財として保護政策を始め、金錦花(Kim Keum-hwa)が黄海道巫楽の人間文化財に認定されたことで記録と継承が進んだ。
聴きどころ
Kim Keum-hwaによる「Seohaean Baeyeonsin Gut」では、儀礼が複数の「コリ(거리)」と呼ばれる段階で構成されている。最初の場面は打楽器がゆっくり「場を作る」感覚があり、歌声は低く抑えられる。中盤から打楽器のリズムが速まり、シャーマンの動きと声の切迫感が連動する——そのテンポの変化を追うと、音楽が「時間の流れを制御する」機能を持っていることが感じ取れる。
発展
20世紀前半の植民地期・朝鮮戦争期に大きな打撃を受けたが、1973年以降の重要無形文化財制度で保護対象となり、ソウル・チンドゥ・チェジュなど各地のグッが文化財指定された。現代国楽・ジャズとの融合(キム・スジャ、シン・ジヒョン等)も活発。
出来事
- 1973: 重要無形文化財第29号『ソウル鎮魂グッ』指定
- 1985: サムルノリ国際公演開始
- 2009: チェジュ・チルモリダン霊登グッ、ユネスコ無形文化遺産登録
派生・影響
サムルノリ(キム・ドクスら)、現代国楽、韓国ジャズ・フュージョン、近年のエレクトロニカ(イ・サンウン、HAEPAARYら)に強い旋法・リズム的影響を残す。
音楽的特徴
楽器ピリ、テグム、ヘグム、チャング、チン、声
リズムチャンダン(リズム周期)、グッ儀礼節次、神懸り、舞踊
代表アーティスト
- Kim Keum-hwa (김금화)
代表曲
Seohaean Baeyeonsin Gut — Kim Keum-hwa (김금화)
日本との関係
済州島を中心とした在日コリアン社会の一部では、伝統的な儀礼音楽の記憶が維持されてきた。日本国内での演奏機会は限られるが、1990年代以降の韓国文化ブームと、その後の韓流の広がりを経て、伝統芸能としての認知度は徐々に高まっている。民族音楽研究の文脈では日本の研究者も現地調査を行っており、学術的な資料は一定量存在する。
初めて聴くなら
Kim Keum-hwaの「Seohaean Baeyeonsin Gut」は、黄海道の巫礼音楽の全体像を記録した貴重な録音だ。長い演目なので、最初は最初の10〜15分だけ聴いて、打楽器の密度がどう変化するかだけを追う聴き方が入りやすい。民俗音楽の録音として、静かな環境でヘッドフォンを使うと楽器の細部がよく聞こえる。
豆知識
「巫堂」と呼ばれるシャーマンは、現代韓国でもウェブサイトやSNSで運営する人が存在し、儀礼の動画をYouTubeに公開しているケースもある。儀礼の商業化への批判もあるが、それによってグッの映像が世界中でアクセス可能になった側面もある。
