伝統・民族

イヌイット・スロート・シンギング(カタジャク)

Inuit Throat Singing (Katajjaq)

カナダ/グリーンランド / 北米 · -2000年〜

別名: Katajjaq / Pirkusirtuk

北極圏イヌイット民族に伝わる女性二人組の喉歌(カタジャク)。互いの口を向き合わせ、息と声を交互に差し込みながら、どちらかが笑ったり息を切らしたりするまで続ける競争的な二重唱。

どんな音か

二人の女性が向かい合い、ほぼ唇が触れるほどの距離で発声する。一方が喉の奥から絞り出す低い息音を出すと、もう一方がその隙間に別のパターンを差し込む。楽器は一切なく、声帯と喉と鼻腔だけが音源だ。テンポは一定ではなく、二人のやり取りの中で揺れ、加速する。旋律というより、呼吸のリズムとパターンのかみ合いが軸になっている。笑ったほうが負け、という遊びの要素もある。タニャ・タガックのような現代の演奏家は即興と電子音を組み合わせ、伝統の形式から大きく踏み出したものも作っている。

生まれた背景

カタジャクはカナダ北部のイヌイット社会、特にケベック北部(ヌナヴィク)やバフィン島周辺の女性たちの間で受け継がれてきた。狩猟に出た男性が戻るまでの時間をつぶす遊びとして、あるいは子どもをあやしながら行うものとして伝わったと言われる。20世紀初頭にキリスト教の宣教師たちによって「不道徳」とみなされ、禁止された地域もあったが、1970年代以降の文化復興運動の中で積極的に記録・継承されるようになった。現在はカナダ先住民文化の象徴的な表現として国際的に知られている。

聴きどころ

最初は「音楽」として聴くのが難しいかもしれない。呼吸、摩擦音、低い唸り声がリズムをなしている。注目するのは二人の声のかみ合いのタイミング——一方が吸う瞬間にもう一方が出すという交互性だ。タニャ・タガックの『Uja』(2014年)は伝統的な形式に電子音とフィールドレコーディングが重なり、より入りやすい。最初は「音のパズルがどう組み合わさっているか」を追いながら聴くとよい。

発展

1970年代のリディア・エトック、近年のタンヤ・タガク(ヌナヴット州出身)が現代化を進め、後者は実験ノイズ音楽との融合で2014年カナダ・ポラリス賞を受賞した。2014年にケベック州無形文化遺産登録。

出来事

  • 1950: 寄宿学校政策で抑圧
  • 1973: 先住民権利運動の復興
  • 2014: タンヤ・タガク・ポラリス賞
  • 2014: ケベック州無形文化遺産登録

派生・影響

現代ノイズ音楽、ワールド・パーカッション・アンサンブル、先住民復興運動と交差。

音楽的特徴

楽器声(無伴奏二重唱)、息

リズム息と発声の交換、自由律、長尺競演

代表アーティスト

  • Tanya Tagaqカナダ · 2000年〜

代表曲

日本との関係

日本での認知度は高くない。倍音歌唱という点でチベットやモンゴルのホーミーと混同されることもある。民族音楽の研究者や前衛的な音楽家のあいだでは知られており、即興音楽のフェスティバルで紹介されることがある程度だ。

初めて聴くなら

タニャ・タガック『Uja』(2014年)を静かな部屋で聴く。電子音がクッションになっているため、カタジャクの構造を追いやすい。純粋な伝統形式を聴くなら、カナダ先住民音楽のアーカイブ録音を当たるとよい。

豆知識

カタジャクには地域によって異なるスタイルがあり、イヌイットの言語圏(イヌクティトゥット語圏)全体で統一されているわけではない。グリーンランドのイヌイットには独自の変形があり、カナダとは演奏様式が異なる。また、ヨーロッパの研究者がこの音楽を記録し始めた20世紀初頭、「二人が口を向け合っている」様子に衝撃を受けた記録が残っている。

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