古典
豫劇
Henan Opera
河南省鄭州 / 中国 / 東アジア · 1750年〜
別名: Yu Opera / 河南梆子
河南省を中心とする中国最大の地方戯曲。
どんな音か
豫劇(ユィジュー)の最大の特徴は声の張り方だ。ファルセットを使わず地声を高く張り上げる発声法(大嗓、ダサン)で歌い、伴奏の板胡(バンフー、二胡に似た高音の弓奏楽器)が同じ音域で声に寄り添う。声が割れるギリギリの音圧で出す「喊(ハン、叫ぶ)」の技術が評価され、広い野外や大きな劇場でも拡声なしで遠くまで届く発声を伝統とする。常香玉の「花木蘭」(1951年映画版)は豫劇の頂点として語られる録音で、「花木蘭(ファ・ムーラン)」——男に変装して戦場に赴く女性の物語——を豫劇の張りのある声で演じている。打楽器(板(バン)、大鑼(ダルオ)、小鑼(シャオルオ))が強く場面の転換を打つ。
生まれた背景
豫劇の起源は明代(1368〜1644年)の河南省の民間芸能に遡るとされるが、現在の形式が確立したのは清代(17〜19世紀)とされる。河南は中国のほぼ中央に位置し、黄河流域の農業地帯として人口が多く、各地の芸能が交差する場所だった。20世紀前半は軍閥戦乱・日中戦争・内戦という混乱の時代で、常香玉は慰問公演(1951年朝鮮戦争時の募金公演は特に有名)を通じて中国人民の間での知名度を高めた。中華人民共和国成立後、豫劇は「人民の芸術」として国家支援を受けた。
聴きどころ
常香玉「花木蘭」の冒頭は語り口調(道白)から始まり、そこから歌(唱段)に移る構造が豫劇の標準的な進め方だ。歌に入った瞬間の声の変化——話し声から一気に芸術的な発声に切り替わる瞬間——がひとつの聴きどころ。板胡が声の旋律を後追いするように弾く部分と、声が板胡に引っ張られる部分が交互に来て、二者の対話のような進行になっている。
発展
20世紀前半に常香玉・陳素真ら名女優が現代化を推進し、戦時中の常香玉『花木蘭』(1951年)は航空機献納運動と結びつき愛国劇として知られた。改革開放後は省豫劇院を中心に新作・古典双方の上演が続く。
出来事
- 18世紀: 河南梆子の成立。
- 1936年: 常香玉のデビュー。
- 1951年: 『花木蘭』全国公演。
- 1956年: 河南省豫劇院設立。
- 2006年: 国家級無形文化遺産指定。
派生・影響
山東梆子・河北梆子・秦腔(陝西)など梆子腔系戯曲群と影響関係を持ち、北方戯曲の中核を成す。
音楽的特徴
楽器板胡、梆子、二胡、嗩吶、板鼓、声
リズム梆子腔、豪放な発声、二八板・慢板など板眼体系
日本との関係
中国の地方劇(地方戯)は日本ではほとんど知られておらず、北京京劇が「中国の伝統演劇」として部分的に紹介される程度だ。豫劇のCDや映像が流通することはまれで、中国語・中国文化を専門とする研究者の間でのみ参照される。
初めて聴くなら
常香玉「花木蘭」(1951年版)が入門として最も適している。「花木蘭(ムーラン)」の物語自体はディズニー映画(1998年)で日本でも知られているので、同じ物語が豫劇でどう表現されるかを比較する聴き方もできる。
豆知識
常香玉(1922〜2004年)は河南省の農村に生まれ、貧困のために7歳から芸能の世界に入った。成人後に豫劇の名手として頭角を現し、1951年の朝鮮戦争では自身の劇団の公演収益すべてを人民解放軍への飛行機購入費として寄付した。この行動が国家的に称賛され、「人民芸術家」の称号を得た。
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