古典
舞楽
Bugaku
日本 / 東アジア · 700年〜
別名: Gagaku Dance
舞を伴う雅楽の形式。左方の唐楽舞と右方の高麗楽舞からなる。
どんな音か
舞楽は音と動きが分離できない芸能だ。雅楽の演奏が始まると、舞い手は非常にゆっくりと舞台に進み出る。音楽のテンポは極端に遅く、一つの動作が完結するまでに数秒から十数秒かかる。篳篥(ひちりき)の鋭い音が主旋律を担い、笙(しょう)が霞のように和音を広げ、龍笛(りゅうてき)が旋律の周りを飛ぶ。打楽器の鞨鼓(かっこ)が音楽の進行を制御し、大太鼓と銅鑼が低い響きで空間を満たす。舞い手の衣装は極彩色で、マスク(面)を付けた演目(蘭陵王など)では顔が完全に隠され、身体の動きだけで表現する。
生まれた背景
舞楽は奈良時代(8世紀)に大陸(唐・百済・新羅など)から伝来した音楽と舞踏が、日本で独自に整理・体系化されたものだ。「左方(さほう)」と「右方(うほう)」という二系統に分かれており、左方は主に唐楽(中国系)、右方は高麗楽(朝鮮系)の系統を持つ。宮廷の行事や寺社の祭礼で演じられ続け、平安時代に現在の形に近い形で整備された。現在は宮内庁式部職楽部が継承しており、皇室の儀式や伊勢神宮・春日大社などの大祭でも演奏される。
聴きどころ
「蘭陵王」は舞楽の中でも最もよく知られた演目で、唐の王子が赤いマスクをかぶって戦う姿を題材にしたとされる(諸説あり)。篳篥の線的な旋律が始まったら、それが終わるまでどれほど時間がかかるかを感じてほしい。笙の「合竹(あいたけ)」——複数の竹管が同時に鳴る独特の和音——は、西洋音楽の和声とは全く異なる原理で音が重なっている。
発展
中世以降、京都・奈良・天王寺の三方楽所がそれぞれ伝承を保ち、装束や面の形式に地域差が生じた。明治の宮内省統合後も四天王寺の聖霊会舞楽など寺社の伝承は続き、独自の節と所作を伝える。
出来事
- 612年: 推古朝に呉(中国)から伎楽が伝来し舞楽の母体となる。
- 9世紀: 左右舞の体制確立。
- 1872年: 宮内省雅楽局舞楽の常設化。
- 1976年: 四天王寺聖霊会舞楽が重要無形民俗文化財指定。
- 2009年: 雅楽としてユネスコ無形文化遺産登録。
派生・影響
舞楽の所作・面・装束は能楽の様式形成に影響を与えたとされる。現代では舞楽法要の復興公演や、海外フェスティバルでの上演が増えている。
音楽的特徴
楽器笙、篳篥、龍笛、高麗笛、太鼓、鉦鼓、鞨鼓、三ノ鼓
リズム序破急、舞のテンポに合わせた拍子、面と装束による視覚的様式化
日本との関係
舞楽は日本固有の伝統芸能であり、「雅楽」として国際的にも知られている。海外公演は宮内庁楽部や各地の楽師グループが担い、ヨーロッパ・アメリカ合衆国でも演奏されている。坂本龍一や武満徹が雅楽の音響に深く関心を持ったことで、現代音楽との接点も生まれた。テレビゲームやアニメでも「和の音楽」として参照されることが多く、「SEKIRO」「鬼滅の刃」などの音楽に篳篥・笙の音色が使われている。
初めて聴くなら
「蘭陵王」の映像付き録音から入るのが最も視覚と音の関係を同時に体験できる。宮内庁楽部の公式記録や各地の大社での演奏映像がYouTubeで見つかる。舞台の進行速度に慣れるまで、15分程度静かに見続けてほしい。最初は「動きの少なさ」が退屈に感じられるかもしれないが、時間感覚が変わってくる瞬間がある。
豆知識
笙(しょう)は吸う息でも吐く息でも音が出る唯一の管楽器の一つで、このため演奏中に「音の途切れ」が生じない。これが舞楽の演奏で笙が常に鳴り続け、音楽全体を霞のように包む効果を生んでいる。また、雅楽の楽譜(譜面)は旋律の音名を示すだけで、リズムや強弱の詳細は師匠から弟子への口頭伝承で補われる。楽器と記譜法の体系が1,000年以上変わっていない部分が多く、その連続性自体が世界的に稀な例として注目されている。
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