伝統・民族

バティアリ

Bhatiali

バングラデシュ / 南アジア · 1850年〜

ベンガル河川地帯の船頭が歌う、長く流れるような舟歌。

どんな音か

バティアリは川の音楽だ。ベンガル三角州の河川を船で移動しながら船頭が歌い、声は水面に広がるような長い弧を描く。一つのフレーズがゆっくり上昇し、頂点で揺れた後、長く降りてくる。伴奏は最小限——弦楽器が薄く付くか、全くない無伴奏で歌われることも多い。声にビブラートをかけるのではなく、「音程の間を揺れる」微分音的な動きが多用され、ベンガルの音楽理論で「ガマカ」と呼ばれる装飾に対応する。水の流れのように前にも後ろにも引っ張られるリズムの感覚は、時計のように刻む拍節とは異なる時間の流れを作る。

生まれた背景

バティアリはベンガルの大河(パドマ川・ブラフマプトラ川・メグナ川など)を生活の場とした船頭(マッジ)が歌い継いできた。ベンガル語で「バティ(bhati)」は「下流」を意味し、川を下って漁や荷物の運搬をする際の作業歌として自然に発達したとされる(諸説あり)。農村ベンガルでは川沿いの村々が孤立していることも多く、船頭の歌声が遠くまで届く状況がこの発声を育てた。バウルや民俗歌謡との親族関係があり、内省的・哲学的な歌詞を持つものも多い。「Padma Nodir Majhi(パドマ川の船頭)」という曲名はそのまま、この音楽の出自を示している。

聴きどころ

「Padma Nodir Majhi」を聴くなら、まず声が一つのフレーズでどれだけ長く伸びるかに注目する。次に、音程が決まった位置にピタリと止まるのではなく、目的の音に向かって滑り込むような動きをしているかを確認する。静かな場所で、できれば目を閉じて聴いてほしい。水の上の開けた空間を音楽が満たしていく感覚が、この歌の核心だ。

発展

1940年代以降、アッブダース・キール=ロイ・ヌルジャハーンら歌手の録音で大衆化し、タゴールの兄弟ジョティーリンドラナート・タゴールも収集に携わった。バングラデシュ独立(1971年)後は国民的フォークの一翼を担っている。

出来事

  • 古代: ベンガル河川舟歌の起源。
  • 1928年: アッブダース・キール=ロイ録音。
  • 1940年代: ヌルジャハーン録音。
  • 1971年: バングラデシュ独立で国民的フォーク化。
  • 2000年代: 国際フォーク・フェスティバル進出。

派生・影響

ベンガル映画歌・タゴール・ソングの旋律的影響源、現代フォーク・ロックの素材として用いられる。

音楽的特徴

楽器ドータラ、エクタラ、ハルモニウム、ドール、声

リズム自由律、長母音の引き伸ばし、川の流れを思わせる旋律

代表曲

日本との関係

日本ではほぼ知られていない。ベンガル音楽全体への関心が非常に限られており、バティアリに辿り着く機会はまず専門的な民族音楽の研究文脈だけに限られる。

初めて聴くなら

「Padma Nodir Majhi」はその曲名から川の船頭の歌として直接辿り着ける。映像付きで川の映像と合わせて聴くと、音楽の空間感が伝わりやすい。バウルと聴き比べると、同じベンガル地方の歌唱でも内省的なバウルとは異なる「外に向かって声を投げる」バティアリの性質がよくわかる。

豆知識

タゴールはバティアリを含むベンガルの民俗音楽から多くを吸収したとされる。ノーベル賞受賞後(1913年)に英訳された「ギタンジャリ」に収録された詩の多くは、元々ベンガルの民俗歌謡の旋律に乗せて歌われていた。また「Padma Nodir Majhi(パドマ川の船頭)」というタイトルはマニク・バンドパディヤイの著名なベンガル語小説(1936年)とも同名で、川とベンガル文化の深い結びつきを象徴している。

影響・派生で結ばれたジャンル

ジャンル関係図1700年代1850年代バティアリバティアリバウルバウル凡例派生影響同系統
凡例
派生影響同系統
バティアリを中心とした近傍図。中心と直接結ばれるエッジが強調表示されます。

バティアリ の系譜全体図(多段)を見る

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