尺八本曲
尺八のための独奏古典曲。禅と結びついた瞑想的音楽。
どんな音か
尺八は竹製の縦笛で、5つの孔を開閉して音を作る。尺八本曲は、この楽器による独奏曲の総称で、テンポは非常に遅く、一つの音を数秒かけて音色を変化させながら奏でることが常である。装飾音は多く、ビブラート・ポルタメント的な処理が標準。沈黙(息継ぎ)が音楽の重要な要素で、音と沈黙のバランスが禅的な美学を形成する。音域は限定的だが、その中での色合いの変化が無限に感じられる。
生まれた背景
尺八は、元々は民間楽器だったが、江戸時代に禅寺の修行者(竹林派など)が瞑想・修行の道具として採用した。曲を『本曲』と呼ぶようになったのは、この禅と結びついた時期からである。江戸中期から後期にかけて、複数の流派が確立され、各流派は独自の曲目と奏法を守った。明治以降は、西洋音階への影響を受けながらも、古典形式を保持する二重性を持つ。戦後は民俗音楽として保護される傍ら、前衛音楽家による実験的利用も進んだ。
聴きどころ
『鹿の遠音』では、山奥の鹿の声を模倣する旋律が、時間とともに遠ざかる。この『距離感の表現』が、尺八の美学の中心。単一の音のビブラート、音から沈黙への移行、再び音が立ち上がる瞬間——これら全てが『一つの音楽』として統合される。山口五郎などの古い録音では、音響の『素朴さ』が、現代的なマイク処理を通して逆説的に『古代的』に聴こえる。
発展
明治4年(1871年)の普化宗廃止後、本曲は中尾都山・荒木古童らの努力で世俗的な演奏芸として継承された。20世紀には都山流・琴古流が二大流派を形成し、現代音楽家(武満徹『ノヴェンバー・ステップス』など)が尺八を国際的に紹介した。
出来事
- 1614年頃: 普化宗虚無僧制度の整備。
- 1871年: 普化宗廃止令。
- 1896年: 中尾都山が都山流創始。
- 1967年: 武満徹『ノヴェンバー・ステップス』ニューヨーク初演。
- 1990年代: 国際尺八フェスティバル始動。
派生・影響
三曲合奏での尺八の地位を確立する基盤となり、現代邦楽・現代音楽における尺八作品の母体となった。
音楽的特徴
楽器尺八(一尺八寸管が標準、六孔・五孔の流派あり)
リズム無拍節・呼吸単位の節、ムラ息・メリ・カリの音色変化、一音成仏の思想
代表アーティスト
- 中尾都山
- 海童道祖
- 山口五郎
代表曲
日本との関係
日本の伝統音楽として認知されているが、実際に聴く人口は尺八演奏者を含めても限定的。禅文化への関心層や、瞑想実践者の間では、『精神的音楽』として尊重されている。近年はアニメ・映画・ゲーム背景音楽での使用が増加。
初めて聴くなら
山口五郎の『鹿の遠音』。短く、尺八の本質が凝縮されている。その後、より長大な曲で、時間的な拡張を経験する。静寂の環境で、夜間に聴くことを特に推奨。尺八の音が周囲の空間と呼応する感覚を求めるなら、屋外での聴取も有効。
