ナシ古楽
雲南麗江のナシ族が伝える、明代由来の古典器楽合奏。
どんな音か
二胡・洞簫・古筝などの中国古典楽器が小編成(10〜20人前後)でアンサンブルを組む。リズムは拍子の輪郭がはっきりしており、三拍子系のパターンが多い。旋律はゆったりとしていて繰り返しが多く、同じフレーズを少しずつ装飾を変えながら引き延ばす。楽器の音は金属的な鋭さより木と竹の素材感が前面に出て、全体として「薄い靄の中で音が動いている」ような感触がある。宣科(Xuan Ke)の指揮した白沙古楽団の録音では、高齢の演奏者たちの音の揺れがそのまま記録されている。
生まれた背景
ナシ(納西)族は中国雲南省麗江盆地に居住するチベット=ビルマ語族系の民族で、独自の象形文字(東巴文字)を持つことでも知られる。南詔・大理国(738〜1253年)を経て、14〜17世紀の明代に麗江の木氏土司(地方領主)が中原の文人音楽を取り入れたとされる。「白沙細楽(Baisha Xiyue)」という曲目群は明代宮廷音楽の残滓という位置づけで、中国本土でその後失われた曲目がナシ族の間に伝わったという説がある。宣科は1980年代に楽団を組織し、国際的に紹介することで世界遺産登録(1997年の麗江古城)前後から観光文化的な注目を集めた。
聴きどころ
「白沙細楽」の録音で、二胡が旋律を弾き始めてすぐに洞簫が同じ旋律を少し遅れて追う「ヘテロフォニー(複数楽器が同じ旋律を微妙に違う形で同時に演奏する)」の瞬間に耳を向けてほしい。各楽器が厳密にそろうのではなく、それぞれの「ゆらぎ」が混ざり合う音の質感が現代の打ち込み音楽とは正反対で、この揺れ自体が音楽の核だ。
発展
1980年代に音楽家宣科がナシ古楽団を組織し、麗江で常設公演を開始した。1995年のロンドン公演など海外で『生きた化石音楽』として注目を集めた。観光化と商業化への批判もあるが、伝承の延命に貢献した。
出来事
- 14世紀: 洞経音楽の雲南伝来。
- 明代: 白沙細楽との融合。
- 1981年: 大研鎮ナシ古楽団結成。
- 1995年: ロンドン公演。
- 2011年: 国家級無形文化遺産指定。
派生・影響
中国雲南省の少数民族音楽研究の象徴的事例となり、観光地での古楽公演というモデルを各地に広げた。
音楽的特徴
楽器蘇古篤、波伯、古箏、二胡、洞簫、提琴、声
リズム明代音楽様式、緩慢で典雅な合奏、洞経儀礼との結びつき
代表アーティスト
- 宣科
代表曲
白沙細楽 — 宣科 (1995)
日本との関係
初めて聴くなら
宣科(Xuan Ke)と白沙古楽団の「白沙細楽」(1995年録音)を聴く。最初の5分で旋律の繰り返し方と楽器間の微妙なずれに慣れると、その後の変奏が面白くなる。麗江の旧市街の映像とあわせて観ると、音楽の空間的な文脈が見えやすい。
豆知識
宣科は英語が堪能で、国際観光客向けに英語での解説付き演奏会を行い「ナシ古楽の大使」として国際的に知られた。ただし学術的には、彼が「明代の宮廷音楽が直接保存されている」という主張の歴史的根拠について疑問を呈する音楽学者も存在する。
