Neo-Soul
1990年代後半に生まれた、伝統的なソウルへの回帰と、ヒップホップ由来の拍をわずかにずらすリズム感覚を併せ持つR&B。
What it sounds like
完璧に整ったデジタルなR&Bが主流だった1990年代後半、あえて機械的な正確さを捨て、人の手が生む揺らぎを取り戻したのがネオソウルだ。伝統的なソウルにヒップホップやジャズを取り入れ、テンポは70〜100BPMとゆったりしている。フェンダー・ローズのエレキピアノやハモンドオルガンが温かいコードの土台を敷き、その上でドラムが拍からわずかに前後へずれて置かれる。ベースはエレキとアコースティックの両方が使われる。歌は一音を細かく揺らす技法(メリスマ)を多用しながらも、聴き手に語りかけるような親密な歌い方を保つ。歌詞は内省や自己肯定、社会へのメッセージ、恋愛の機微を行き来する。ホーンは全編を覆わず、要所にだけ差し込む。録音はヴィンテージ機材のアナログな質感を意図的に残し、すり減ったレコードのような温度をまとう。
How it came about
1990年代後半、ヴァージニア州リッチモンド出身のディアンジェロとエリカ・バドゥ、そして彼らを含む制作集団ソウルクァリアンズ(Soulquarians)が、この音を形づくった。ソウルクァリアンズは、ディアンジェロ、ザ・ルーツのクエストラブ、デトロイトのプロデューサーであるジェイ・ディー(のちのJ・ディラ)、キーボーディストのジェイムズ・ポイザーらが中核を成した集まりで、ニューヨークのエレクトリック・レディ・スタジオを拠点にした。リズム面の中核を担ったのはクエストラブとJ・ディラだった(エリカ・バドゥらはのちに合流している)。マクスウェル『Urban Hang Suite』(1996)、エリカ・バドゥ『Baduizm』(1997)、ディアンジェロ『Voodoo』(2000)の三枚が代表的な名盤だ。ローリン・ヒル『The Miseducation of Lauryn Hill』(1998)は、ネオソウルと主流R&Bを近づける役割を果たしたとされる。2010年代以降は、ジャズの即興を大胆に持ち込んだロバート・グラスパーや、ファンクへ寄せたアンダーソン・パークらが、このよれたグルーヴを次の世代の語法として更新していった。
What to listen for
まず聴いてほしいのはドラムだ。機械のように正確な位置(ジャスト)ではなく、拍からわずかに前後へずれることで、酔ったように後ろへもたれるグルーヴが生まれる。この“よれ”こそ、のちにプロデューサーのJ・ディラの名と結びつけて語られる感触だ。ヴォーカルはメリスマを使いながらも決して歌い上げず、聴き手に近い距離で歌う。コードはジャズ的なテンション(11th、13th)が多用される。
If you only hear one thing
1枚だけ聴くなら、ディアンジェロ『Voodoo』(2000)。生のバンドが一体となって、重心を後ろに置いたまま転がっていく音作りが、このジャンルの核心だ。中でも「Untitled (How Does It Feel)」の長尺グルーヴは、ネオソウルが何を指すのかをそのまま教えてくれる。続けて、ムーブメントの中心となったエリカ・バドゥ『Baduizm』(1997)、マクスウェル『Urban Hang Suite』(1996)。ぐっと最近の手触りが欲しければ、アンダーソン・パーク『Malibu』(2016)が、このグルーヴをファンク寄りに更新した姿を聴かせてくれる。
Trivia
「ネオソウル」はもともと音楽用語ではなく、宣伝のための造語だった。エリカ・バドゥやディアンジェロを手がけ、のちにモータウン・レコード社長(1997〜2004年在任)となるマネージャー、ケダー・マッセンバーグ(Kedar Massenburg)が、1990年代後半(おおむね1997年頃)に、ディアンジェロとエリカ・バドゥを中心とする同種のアーティスト群を一つのムーブメントとして売り出すために作った。皮肉なことに、当事者であるエリカ・バドゥらはこの呼称をあまり好まない。
Notable artists
- Lauryn Hill
- Erykah Badu
- D'Angelo
- Solange
Notable tracks
- On & On — Erykah Badu (1997)
- Doo Wop (That Thing) — Lauryn Hill (1998)
- Untitled (How Does It Feel) — D'Angelo (2000)
- Cranes in the Sky — Solange (2016)
- Brown Sugar — D'Angelo (1995)
