Ghazal
ペルシア・ウルドゥー詩を、メリスマ(細かな節回し)を利かせて静かに歌い上げる北インド・パキスタンの抒情歌曲。一篇の詩を通すのではなく、2行で完結する対句をひとつずつ歌い上げていくのが特徴だ。
What it sounds like
ペルシア・南アジア起源の詩歌で、北インド・パキスタンで発展した。厳格な古典音楽ほど形式ばらず、より親しみやすい「準古典(セミクラシカル)」の歌曲に位置づけられる。BPMは70〜100。ハーモニウム、タブラ、擦弦のサーランギが寄り添う。歌い手は男女を問わない。2行で一つの意味が完結する対句(シェル)を、メリスマ(節回し)を多用しながら、ひとつずつ歌い上げていく。歌詞はウルドゥー語、ヒンディー語、ペルシア語で、テーマは恋愛、神への愛、人生の儚さ、酒。そして、地上の恋人とも神とも取れる、あいまいな〈あなた〉。1曲のなかで同じ詩句を、少しずつ装飾を変えて繰り返す。古典的素養のある歌い手は、ときに「ターン」(tān/素早く駆け上がる旋律の装飾)で技を競うこともあるが、ガザルで何より重んじられるのは、技の冴えより詩句に込めた情感だ。
The signature rhythm pattern of this genre. Press play to loop it, and follow the score below to see which beat is sounding.
How it came about
アラビア詩に起源を持つ「ガザル」(7世紀ごろ)は、13〜14世紀のペルシア(ルーミー、ハーフィズら)で文学的頂点を迎えた。南アジアへは、ほぼ同じ13〜14世紀のデリー・スルターン朝期に伝わり、アミール・ホスローが宮廷でペルシア語ガザルを盛んに作って定着させた。その後ムガル朝期に、さらに宮廷文化として深まる。18〜19世紀のデリーやラクナウで歌の伝統として成熟し、ミール・タキー・ミールやミルザー・ガーリブら大詩人の言葉が、いまも歌い継がれている。20世紀半ばには、ベーグム・アクタルが、高級遊女(タワーイフ)の座敷芸だったガザルをコンサートホールの芸術へと昇華させていく流れを象徴する歌い手の一人となった。パキスタンのメフディ・ハッサンは1960〜70年代に古典様式をさらに精緻に磨いた。1980年代にはインドのジャグジット・シンが、ギターと鍵盤を入れた軽い音作りでボリウッド(インド映画音楽)の主流に押し上げた。以後、映画の悲恋シーンを彩る「サッド・ソング」に、ガザルの語法がそのまま流れ込んだ。
What to listen for
ガザルは「シェル」と呼ばれる対句の連なりでできている。各シェルを歌い手は3〜5分かけて歌い上げることもある。歌い手はまず「ラーガ」(その曲で使う音とその進め方を定めた旋律の枠組み)を選び、同じ詩句を即興で少しずつ節回しを変えながら歌う。タブラの繊細な伴奏、ハーモニウムの和音的サポート、歌い手の節回しの絡みを聴きたい。うまい対句が決まると、客席が一瞬静まり、やがて「ワー、ワー」と賛嘆が漏れる。聴き手が息をのむ沈黙と歓声の往復までが、一曲だ。
If you only hear one thing
まず1曲なら、メフディ・ハッサン(Mehdi Hassan)の『Ranjish Hi Sahi』。ウルドゥー・ガザルの最高峰の一つで、抑えた声がじわじわと熱を帯びていく。次に、軽くポップな現代ガザルならジャグジット・シン(Jagjit Singh)『Hothon Se Chhulo Tum』(1981)。女声の規範を知るならベーグム・アクタル(Begum Akhtar)『Woh Jo Hum Mein Tum Mein Qarar Tha』。さらに激しい声を求めるならアビダ・パルヴィーン(Abida Parveen)『Bullah Ki Jaana』。厳密にはガザルよりスーフィー音楽寄りだが、声が燃え上がり、ガザルの即興がどこまで高みに駆け上れるかが分かる。
Trivia
ガザルの語源は、アラビア語で「恋人に愛をささやく」こと。動物のガゼル(英語 gazelle)を指す語とも語源を同じくするという。ファリダ・ハヌム(パキスタン)の『Aaj Jaane Ki Zid Na Karo』は、1970年代に作られたガザル様式の抒情歌(より口語的な歌曲「ギート」に分類されることもある)で、彼女の歌声で広く親しまれてきた。半世紀を経た現在も新しい歌手にカバーされ続けており、2016年のインド映画『Ae Dil Hai Mushkil』では Shilpa Rao が歌う新録音版が使われた。
Notable artists
- Farida Khanum
