French Rap
フランス語ラップ。北アフリカやサブサハラ出身の移民が、親世代の故郷の音楽を持ち込み、米国発のヒップホップのビートそのものを作り変えたシーン。周縁が本流の音を書き換えた稀有な例で、Aya NakamuraやPNLらが世界的に聴かれる。
What it sounds like
フランス語ラップは、パリ郊外(バンリュー=中心部の外側に広がる公営団地地区)やマルセイユ、ブリュッセルを発信源とするフランス語のヒップホップ全般を指す。USラップに比べると全体に重く引きずるテンポ感で、体感ではミドル〜スローに寄る曲が多い。鼻にかかるフランス語の発音、長く伸ばす母音、巻き舌の「R」が、トラップ(重低音と速いハイハットを特徴とするヒップホップの一様式)の硬いハイハットと噛み合うと、独特のノリ(グルーヴ)が生まれる。サウンドの幅は広い。SCHのような濁ったオートチューンから、PNLの宇宙的なクラウドラップ、Damsoの息づかいの混じる低いつぶやき、BoobaやIAMの古典的なブームバップ(90年代風の太いビート)まで、フランス語の音韻に合わせて多彩だ。ビートは808のサブベースと硬いトラップのハイハットを土台に、マイナー調の映画的なメロディが差し込まれる——これがフランス語ラップ独特の翳りだ。Aya Nakamuraの『Djadja』のように、ラップ・R&B・アフロビーツが溶け合う曲も主流に入る。
How it came about
ジャンルの起点は1980年代後半に結成されたIAMやNTM、そして1990年代初頭に登場したMC Solaarで、「フランス語で韻を踏めるか」という実験から始まった。90年代にはバンリューの団地(cité)が舞台のフランス映画『憎しみ』が世界的に話題になり、そこで描かれた怒りと閉塞感がそのままラップの主題になった。2000年代以降、北アフリカ(マグレブ)系、サブサハラ・アフリカ系、カリブ系の二世・三世が大量に流入し、移民の親世代が家庭で聴いていた音楽——北アフリカのライ、カリブのズークやコンパ、西アフリカのアフロビート——が、フランス語ラップのビートを根本から書き換えた。だから今のフランス語ラップは、他のどの国のヒップホップよりも色濃くアフリカの響きを宿している。
What to listen for
最初に耳を奪われるのは「R」の擦過音だ。Damsoの『Macarena』、SCHの『Mannschaft』では、巻き舌や喉の奥で擦るRが、ハイハットと同じ役割でリズムを刻む。語尾も聴きどころで、フランス語は子音で終わらず母音を伸ばす言語なので、ラインの最後が「〜é」「〜a」と伸びてビートに溶ける。そしてビートの引きずり——テンポを意図的に遅らせ、後ろへもたれるような重さがある。歌詞の意味は分からなくても、母音の長さとビートの粘りを追うだけで、フランス語ラップ特有の倦怠感と色気が伝わってくる。
If you only hear one thing
入口の一曲はAya Nakamura『Djadja』。アフロビーツのうねりとフランス語の鼻音が混ざる感覚はここで覚えるのが早い。もう少しラップ寄りに踏み込むならSCH『Mannschaft』、ネット発の浮遊感あるサウンド(いわゆるクラウドラップ)が好みならPNL『Au DD』。後者は許可がまず下りないエッフェル塔の頂上で撮影されたMVも込みで体験すると、フランス語ラップの「孤独で美しい」側面が掴める。深夜の運転やヘッドホンで街を歩く時間に向く音楽で、クラブで盛り上がるより、ひとりで歌詞を追う形のほうがしっくりくる。
Trivia
フランスには「ラジオで放送される歌の40%以上をフランス語にせよ」と義務づける言語クォータ(割当)制度があり、これがフランス語ラップの巨大化を陰で支えている。フランス語で作れば放送枠を確保しやすく、英語圏ラップに押し流されずに国内市場で育つ余地が生まれたのだ。根拠は1986年の放送法を改正した1994年の法律で、この40%枠は1996年初頭から効いている。なお、よく混同される「トゥーボン法」(行政文書や広告での仏語使用を定める法)とは別物だ。もうひとつ、フランス語ラップの本拠地は、実は一つではない。マルセイユのラッパーが数十人規模で集結した記録的なコラボ企画『13 Organisé』(Jul主導)、そしてブリュッセル出身のアーティストたちが示すように、フランス語圏ベルギー(ブリュッセル)とパリの双方向のやり取りが、今のシーンの厚みを作っている。
Notable artists
- SCH
- Aya Nakamura
- Damso
Notable tracks
- Djadja — Aya Nakamura (2018)
- Mannschaft — SCH (2016)
- Macarena — Damso (2017)
